やられたらやりかえす、倍返しだ。

 テレビドラマ『半沢直樹』の勢いが止まらない。大銀行の組織論理に対して、たじろぐことなくバンカーの矜持を貫き、理不尽な統制に立ち向かう半沢の姿勢が受けている。「基本は性善説。しかし、やられたら倍返し」が信条の半沢は、四面楚歌に追い込まれながらも、不正に関わった上層部、さらにごう慢な国税や金融庁との対立もいとわず、見事に非道に切り込み、自らの信念を貫いてゆく。

 

 僕は創業して二十年あまりだが、資金繰りにあえいだ時期が長く、百人を超す銀行員と、それこそ半沢の父のごとく付き合ってきた。なので、銀行の特性は肌身に染みて理解しているつもりだ。銀行という組織では、社員一人ひとりが大金を扱うために、純然たる性悪説に基づく厳格なシステムが構築されている。不正や癒着を防止するための長期休暇や転勤に加え、内部検査も頻繁に行われ、そこでミスが発覚すると取り返しの付かない汚点となってしまう。

 

 そんな相互監視された組織の中では「性善説」だけの付き合いなど単なる甘えと見なされるだけだ。半沢は少年期、父の倒産、自殺という体験から「バンカーの矜持」を得た。「将来性のある企業を支援し、産業を活性化させ、日本経済の発展に寄与する」という銀行が持つ崇高な使命。巨額の資金を扱う力を持つゆえに「人と人とのつながりを大切にして、ロボットみたいな仕事をしてはいけない」という仕事に対する価値観だ。

 

 しかしながら現実の行内は、銀行員が本来持つべき使命や価値観とは全く異なる原理で動いている。その中で、彼が父から譲り受けた美学を貫くための武器、それが「やられたら倍返し」の信条なのだろう。

 

 しかし、この戦略は本当に効果的なのだろうか。実際にドラマの中でも半沢は少数派だ。おとなしく上司の言うことを聞き、濡れ衣を被せられても我慢を貫く方がメリットは大きいかも知れない。いや、むしろ積極的に同僚を裏切った方が出世の早道ではないだろうか。

 

 今回の記事では、半沢戦略の優位性を考察するとともに、行内融和を図る中野渡頭取に対して、東京中央銀行の組織改革への提言を行ないたい。

 

協調と裏切り、囚人のジレンマ

 エゴイストは常に自分の利益のために他人を裏切るのだろうか。自発的に協調することなどありえないのだろうか。そんな問いに対する理論が「囚人のジレンマ」だ。二人のプレイヤーは協調と裏切りのいずれかを選択できる。自分だけのことを考えると、相手が協調しようと裏切ろうと、相手を裏切った方が必ず得になる。そのため、ともに協調した方が得であるにもかかわらず、必然的に二人とも裏切りを選んでしまう。これがジレンマの基本だ。

 

囚人のジレンマ
囚人のジレンマ
 

 僕自身、日本IBMのバブル入社組で、同期はなんと2000人いた。しかも5年連続で同規模の採用を続けた空前の売り手市場だった。同じようにバブル入行組の半沢たちは、多くの同期生たちと熾烈なポスト争いをせざるを得ないのだ。また銀行は減点主義のため、一度でも失敗すると出世競争から脱落して出向候補者となってしまう。同期100人に対して、50歳で本社に残れるのは数人という過酷さだ。受験生と同じように、いくら努力しても「出世の枠」が決まっているところがつらいのだ。

 

 つまり、社内競争過多のバブル入行組にとって、罠に嵌めてライバル脱落> 協調しあって成果> 警戒しあって牽制> 罠に嵌められて脱落という、囚人のジレンマが成立する職場環境に陥ることが多いと言えるだろう。

 

 ただし、理論上の囚人のジレンマは「一回だけの付き合い」を想定しているのに対して、現実のビジネスにおける人間関係は継続的で、かつ期限がないことが多い。長期的に協調関係を維持する方が将来の利益が大きいと考えられる場合、相手を裏切るよりも互いに協力しあう関係を構築するほうが合理的だ。そのためエゴイストでも協力的になることが多くのジレンマ研究から明らかになっている。

 

 これからも会う可能性があると、付き合い方も変わってくるということだ。そのため職場での人間関係においては、裏切りよりも協力しあう関係になりやすい。それでも行内は油断できない。いつ生き馬の目を抜かれるか、一時も油断できないのが銀行という組織の特性だからだ。

 

 では、そのようなケースでは、どういう行動が最もリーズナブルなのだろうか。そんな「つきあい方の科学」について、コンピュータを使ってシミュレーションした研究(*1)があるので紹介したい。

 

「しっぺ返し戦略」の優位性

 そのコンピュータ選手権を開催したのは、米国政治学者でミシガン大学教授、ロバート・アクセルロッドだ。1984年、彼は、ゲーム理論家だけでなく経済学、心理学、数学、社会学、政治学、進化生物学、コンピュータサインエンスにいたるまで、さまざまな分野の研究者から「無限繰返し型囚人のジレンマ」におけるゲーム戦略を募集し、コンピュータプログラムによる総当たり対戦の実験を行った。

 

 この競技に参加したのは、各分野の専門家が用意した「1回ごとに協調か裏切りかのどちらかを選ぶ決定規則を記述したコンピュータプログラム」だ。このプログラムが、自身の戦略やランダム戦略も含めて、すべてのプログラムとの総当りのリーグ方式をとり、最も良い成績を得たものが優勝するという仕組みだ。

 

 第1回選手権の参加者は14人、ただし勝負の結果は意外だった。各分野の専門家が練りに練った戦略を持ち込んだにも関わらず、プログラム数にして4行、最も単純な戦略である「しっぺ返し(tit for tat)」が優勝したのだ。しっぺ返しとは「最初は協調行動を取り、その後は相手が前回取ったのと同じ行動をとる」というシンプルな戦略だ。

 

 参考までに、競合となった戦略をいくつかあげておこう。一度裏切ると報復しつづける「フリードマン戦略」、ときおり裏切って食い逃げを図る「ヨッス戦略」、二回連続して裏切らない限り協調するという「堪忍袋戦略」、毎回相手の手を確率で予想し長期的な利益を最大化しようとする「ダウニング戦略」など、多様な戦略をもつプログラムが参加していたことが分かる。

 

 この選手権は話題になり、第2回目も開催された。参加者は6カ国から62人にまで増え、総対戦数は100万回を超えた。しかし、第二回目も優勝したのは、しっぺ返し戦略だった。特にこの回の参加者は、全員がしっぺ返し戦略を意識して対抗策を練った上での優勝だったため、しっぺ返し戦略の強さが際立つことになり、ゲーム理論、行動経済学、進化生物学、倫理学などで頻繁に引用されるようになった。

 

 この戦略だけが安定的に勝つというわけではないなど一部のゲーム理論家から批判が出ているが、社会的なジレンマにおいてしっぺ返し戦略が非常に有効な戦略だということは言えるだろう。

 

 興味深いのは、この選手権におけるしっぺ返し戦略の個別戦績だ。この戦略はどんな相手と戦ってもそこそこうまくやったので優勝したのだが、実は個別戦績で相手よりも高い得点を上げたことは一度もなかったのだ。それはそうだろう。最初に裏切るのはいつも相手からだからだ。見方を変えるとしっぺ返し戦略は相手を叩きのめしたわけではなく、双方ともにうまくやれる行動を相手から引き出した。その点で首尾一貫していたので、総合的に見ると他の戦略を上回ったのだ。アクセルロッド教授はしっぺ返し戦略の優位性を次の4点にまとめている。

 

  • 自分からは決して裏切らないことで、上品な相手との協調行動を育む
  • 相手の裏切りはすぐ制裁することで、下品な相手につけこまれないようにする
  • 相手が謝ったらすぐに許すことで、協調行動を促進する
  • シンプルな戦略であるため、相手はこちらの行動を推測でき、協調する誘因を高める



 さらに彼は選手権の結果を発展させ、多様な戦略を持つ相手と何度も選手権を経験するようなシミュレーションを行った。得点の低い戦略は次第に「淘汰」され、得点の高い戦略が「子孫」を残すという進化論的な分析を加えたのだ。それによると、付き合いの長い関係性においては、最初に数人のしっぺ返し仲間がいれば、いずれは全体に広がっていき、組織全体として、しっぺ返しが文化として根づいていくという結果が導かれた。

 

 半沢直樹の信条である「基本は性善説。しかしやられたら倍返し」というシンプルな戦略は、まさにしっぺ返し戦略に通じるものだ。この実験結果に基づくと、性悪説を基礎とした銀行のような組織においても、半沢戦略は有効なのではないかと推測される。

 

 ただし、半沢の「倍返し」「10倍返し」はあまりに強烈で、感情的に対立する人物を作り過ぎる点はドラマとして割り引いて考える必要があるが、少なくとも上司の顔色で行動を決める「風見鶏戦略」などは、長期的にみればしっぺ返し戦略に淘汰されてしまう可能性が高いだろう。ドラマで半沢と徒党を組む「渡真利」や「近藤」の同窓チームが、ゆくゆくは勢力を増やしていく可能性が示唆されたようでとても興味深い。

 

しっぺ返し戦略を凌駕した「派閥戦略」

 しかし、この話には続きがある。2004年、アクセルロッド氏の選手権20周年記念として、ゲーム理論研究者のグレアム・ケンドル氏が同様の大会を主催したのだ。参加者はさらに増えて223組となり、前回と同じ総当たり戦でプログラムが戦うこととなった。

 

 この大会において、ついにしっぺ返し戦略が敗れることとなる。勝者は60ものプログラムを送り込んだサウサンプトン大学のチームだった。リードしたジェニングズ教授によると、それらのプログラムはすべて、ある1つの戦略を少しずつ変化させたもので、互いに仲間を認識できることがミソだった。派閥をつくるプログラムだったのだ。彼らは仲間であることがわかると、すぐに、「主人と奴隷」の関係になるようにプログラミングされていた。片方は自分が犠牲になり、他方が繰り返し勝てるように設計されていたのだ。

 

 いわば「派閥戦略」だ。犠牲になるプログラムは、相手が自分の派閥でなければ即座に裏切り、相手をつぶす行動に出る。この結果、成績の上位3位までをサウサンプトン派閥のプログラムが占めたが、同時に、成績表の下のほうには派閥に身を捧げて破れていったプログラムが多く発生してしまった。社会性を持つ動物は、自己犠牲をしながら血縁を守る習慣を身につけることがあるが、この実験はその進化の過程を示唆するものと言えるだろう。

 

 大和田常務を頂点とする「派閥戦略」は、半沢の得意とするしっぺ返し戦略の天敵ともいうべき作戦だということが明らかになってきた。大和田は常に冷静で、部下を自分の出世のために自由自在に動かしてゆく。これまで気にかけてきた部下であっても、切り捨てるときには容赦ない。浅野をはじめ、小木曽、灰田など、半沢に手向かいながら犠牲になる仲間を尻目に、さらなる刺客を送り込んでくるはずだ。彼の辣腕は、東京中央銀行を大和田色に染めてしまうのだろうか。

 

 自らの出世のために仲間を見捨てる大和田には、頑として対抗しなくてはいけない。そこで最後に、中野渡頭取に対して、銀行への愛を込めた提言を行いたい。中野渡は「人」を大切にする温厚な人物で、合併後にできた派閥を解消し、銀行内を融和させることに腐心している。性悪説が深く浸透した組織の中で、社員同志の「協調行動」を促しながら「派閥」を解消していくためには、どのような施策が有効なのだろうか。

 

 まずは、協力行動を取る方が非協力行動を取るより得になるよう、個人の損得勘定を変えることだ。協力を促進する「外発的な動機づけ」を導入するのだ。例えば、人事評価の対象を個人からチームにシフトすること。特に個人成果主義は協力行動を削ぐので導入はさけるべきだ。

 

 一方で、人事評価のような「外発的な動機づけ」は、実施している間は協力が促進されるが、社員の自発的な協力意思を減退させてしまうことが心理学研究から分かっている。本来は、社員が自ら協力しあうための「内発的な動機づけ」が望ましいのだ。社会的ジレンマの研究(*2)では、次のような場合に「内発的な動機づけ」が促進されることが明らかになった。

 

  • メンバー間の直接接触やコミュニケーションが多いこと
  • 他のメンバーが協力的であると確信できること
  • 集団が小さいこと
  • 自分の行動が全体の結果に影響を与えることができると感じること
  • メンバーが組織との一体感を感じること
  • 他の組織との間で競争があること



 これらに基づき、頭取への社内融和施策をまとめてみよう。ただし現実の銀行内にこれらを導入するには、頭取が断固たる信念を持って組織改革を支持することが絶対条件だ。トップの継続的な支援なくして行内改革は不可能だからだ。

 

(1) 小さな改革と成功を積み上げていくこと

 銀行のような閉鎖的な大組織では、全社を一気に改革することは不可能に近い。そこで段階的なアプローチをとり、小さな成功を積み上げていくことが大切となる。まずはモデル支店をつくり、以下で説明する組織改革をはじめることだ。その成功例をもって、他支店に範囲を広げ、全社横断での職能ネットワーク、本社機構へと改革をすすめてゆく。具体的なステップについては前記事「社員が自ら動き出す組織のつくり方」を参考にしてほしい。

 

(2) 社内のコミュニケーションを活性化すること

 社員が組織を超えてコミュニケーションできる場をつくり、活性化を図ること。特に社内ソーシャルネットワークを導入できれば強力な武器となる。オンラインで交流が促進されると、社内に「透明の力」が働きはじめ、社員は仲間の評判を得るために自発的に動き出す。組織異動があっても「上司からの評価」だけでなく「仲間からの評判」が受け継がれてゆくので、自らの評判を高める「内発的な動機づけ」が働くようになるのだ。チームワークを促進する教育やオフィスデザインなども併用するとさらに効果的だ。

 

(3) ポジティブなコミュニケーションを増やすこと

 殺伐とした行内会話を明るくしよう。特に社内ソーシャルネットワーク上では統制や評価をしないことが大切だ。10年間にわたる心理学研究(*3)から、チームに成功をもたらすためには、ポジティブな会話がネガティブな会話の少なくとも約3倍必要なことが分かった。理想的な比率は約6倍だ。職場で感謝や協力の言葉が増えると、驚くほど雰囲気が明るくなり、目に見えて信頼が醸成されてゆくはずだ。

 

(4) 少人数のチームに自律性を持たせること

 小規模チームを編成して権限委譲をすすめる。自分の行動がチームの結果に影響を与えることが意識できる規模が望ましい。例えば、社員が自律的に動くことで著名な米国スーパー、Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)では、店舗内の平均8人のチーム――レジチーム、青果チーム、デリチームなどを基本単位とし、チームに驚くほどの自主性と責任を持たせて経営している。効率的なチーム規模は5~15人と考えられている。

 

(5) オープン・リーダーシップ教育をすすめること

 透明性の時代に必要とされているリーダー像は、役員室から社員を中央統制する大和田常務のスタイルと一線を画すものだ。オープンリーダーの力の源泉は「指揮権」「人事権」「情報統制」ではなく、メンバーへの奉仕や献身を通じて醸成された「共感」「信頼」「尊敬」だ。この古くて新しいリーダー像については、前記事「統制がきかない時代のリーダー像」に詳しく書いたので参考にしてほしい。

 

(6)組織としての哲学を共有すること

 組織がコミュニティとしての一体感を持つためには、共感される「使命」「ビジョン」「価値観」を共有することが重要だ。統制型の組織において共有されるのは「上から降りてくる予算」だけの場合がほとんどだが、それで組織の一体感を醸成することは不可能だ。「数字」は統制や分析には好都合だが、一人歩きして目的と手段を逆転させてしまう。「バンカーの矜持」を明確にして、全社員で共有することが大切なのだ。

 

(7) 個人の将来設計を支援すること

 もっとも、根幹にある悩みは「出向問題」だ。相互けん制に陥いるのも「行内に残れる社員」が極めて少人数であるためだ。抜本的に解消するには、社員個人の将来設計を「本気」で支援することだ。資格取得や開業講座、開業後のバックアップなどの独立支援制度。出向先の選択権を提供するマッチングサービス。プライベートの充実を図る社内講座やコミュニティ形成。透明性の時代において、出向社員、退職社員の好感度もブランド形成上で大切な要素だ。出向社員の立場に立った手厚い支援サービスこそ、末永い銀行の応援団を形成していくキーとなるだろう。

 

 頭取や半沢にとって最大の障害となる「派閥戦略」の撲滅においても、ここで掲げた「透明力」や「企業哲学」は強力な武器となるだろう。派閥には密室がつきものだし、派閥の目的は昇進だけで、そこに哲学がないからだ。銀行の持つべきことは「健全な産業を活性化させる」という崇高な使命、「人と人との信頼やつながりを大切にする」という価値観だ。見せかけの哲学に騙されるような間抜けな人間は銀行には一人もいない。綺麗事ではない。すべての意思決定において、業績よりも哲学を優先させることだ。

 

 これらの施策が実現できれば、頭取が目指す行内融和は促進されるはずだ。そもそも「リーダーの役割」とは、進むべきビジョンを示し、ジレンマに陥りやすい個人や部門を導くこと。それによって部分最適ではなく全体最適を実現するものだ。全社リーダーとしての中野渡頭取、部門リーダーとしての半沢直樹の奮戦が、東京中央銀行全体をより良い方向に導くよう祈念しながら、今週も日曜夜9時を楽しみに待ちたい。


  

透明な時代における「あるべき企業像」を明示し、経営改革を多面的にご支援する、ソーシャルシフトについてはこちらをご覧ください。

経営をソーシャルシフトする


by 斉藤 徹
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