[本号の目次]
1.胃内容解析で分かってきたこと-II
2.胃内容解析で分かってきたこと-III
3.胃内容解析で分かってきたこと-IV
4.小笠原諸島の海
胃内容解析で分かってきたこと-II
これら31個体のマッコウクジラ胃内容物から、肉質部が残っている未消化イカ類として1384個体、肉質部は完全に消化されて残された下顎板を基に63436個体が確認された。全体で、未消化と下顎板のみの割合は、未消化イカ2%に対して下顎板は98%であった。マッコウクジラに食べられたイカ類が何時間で消化されるのか知られていないが、水族館等で飼育されている小型歯鯨類の摂餌を参考にすると、遅くとも24時間以内には顎板を除き、筋肉質部は完全に消化されると推測される。したがって、未消化イカ類の組成はごく最近(一日以内)に捕食された食性を示し、下顎板のみの組成は比較的長期(数週間?)にわたる食性の履歴を表していると考えると分かりやすい。青木琴美さんは、未消化の個体数と消化された顎板の数から種個体数組成を、また、下顎吻長と外套長・体重との相関式から各々の外套長・重量を復元して種別重量組成を全調査期間、年別、雌雄別などに分けて検討した。その中で餌生物を評価するうえで最も重要な、種類別の重量組成の円グラフを例として紹介しよう。
青木琴美; 卒業論文(2006), 東海大学海洋学部より抜粋、無断転載禁止
胃内容解析で分かってきたこと-III
一日以内の食性を示すと考えられる左の円グラフで、上から右回りにクラゲイカが主体をなすゴマフイカ科が18%、キタノクジャクイカとキタノスカシイカが属するサメハダホウズキイカ科が11%、ヒロビレイカが主体で少量のヤツデイカ属からなるヤツデイカ科が54%、ダイオウホタルイカモドキが4%、タコイカとテカギイカ属からなるテカギイカ科が6%、そしてニュウドウイカが4%を占める。一方、比較的長期の食性を示すと考えられる右の円グラフでは、クラゲイカを含むゴマフイカ科が28%、キタノクジャクイカとキタノスカシイカのサメハダホウズキイカ科が7%、ヤツデイカ科が26%(主にヒロビレイカ)、ツクシユウレイイカが2%、ダイオウホタルイカモドキが6%、タコイカとテカギイカ属のテカギイカ科が7%、そしてニュウドウイカが3%、そして我々の注目するダイオウイカが15%を占めゴマフイカ科、ヤツデイカ科に次いで第三位にランクされた。短期、長期の食性を併せると、ヒロビレイカとクラゲイカがマッコウクジラの餌として最も重要なイカ類で、次いでダイオウイカ、さらにダイオウホタルイカモドキ、キタノクジャクイカ、キタノスカシイカ、タコイカと続くことになる。ダイオウイカは捕食される個体数は少ないものの、一個体が大きく重いことより、餌重量組成としては評価が高まるのである。
第一胃から出てきた、ほとんど消化されていないヒロビレイカ(スケール50㎝)。子供のころに触腕を失い腕は8本、ヤツデイカ科に属する。マッコウクジラの餌として最も重要なイカ。
一つの胃袋から出てきたクラゲイカ(スケール1m)、ほぼ同じ消化段階であることから一度にみんな捕食されたことが分かる。このことから、クラゲイカは群れを成していることが伺われる。マッコウクジラにとっては二番目に重要な餌。
第一胃から出てきたダイオウイカ(スケール1m)、それほど大きくはないが一飲みにされたようである。個体数は少ないが、重量的に貢献度がたかい。
第一胃から出てきたダイオウホタルイカモドキ(横50㎝のバット)。人間の目にはほとんど触れない中深層性の大きなイカである。外套膜にある点々は発光器。
胃内容解析で分かってきたこと-IV
マッコウクジラの餌として重要なイカ類の大きさについても知見が得られた。青木琴美さんは、未消化・消化状態に関わらず測定した下顎吻長を基に、下顎吻長と外套長の相関式から外套長推定値を計算して、各々の種ごとに外套長組成を調べてみたのである。上段左の全イカ類(11107個体)をまとめた組成では、外套長10㎝、25㎝、50㎝あたりにモードが認められ、10㎝以下の小さいものから外套長60㎝ほどのイカ類が主に食べられていることが分かる。上段中央のクラゲイカ科と右のクラゲイカが外套長10㎝付近の峰の主体をなす。クラゲイカ類は体の大きさに比して外套膜が小さく、頭腕部をいれると体長60~80㎝ほどになり、決して小さなイカとは言えない。中段中央のキタノクジャクイカは外套長が20~60㎝と範囲が広い。中段右のキタノスカシイカと下段右のヤツデイカ科が外套長25㎝付近の峰の主体となっている。一方、個体数は多くはないが、中段左のニュウドウイカが10~100㎝、下段中央のヒロビレイカが50~120㎝、左のダイオウイカが10~160㎝と外套長の範囲が広く、外套長1mを超すような大型個体はダイオウイカとヒロビレイカが主体となる。やはり、ダイオウイカとヒロビレイカがマッコウクジラが捕食する超巨大イカ類の二大巨頭であることは間違いない。しかし、マッコウクジラの胃内容物からは、捕食されていることは分かるが、それら超大型イカ類の生態について多くを知ることはできなかった。
青木琴美; 卒業論文(2006), 東海大学海洋学部より抜粋、無断転載禁止
小笠原諸島の海
マッコウクジラの胃内容物解析を始める少し前、1995年に日本列島自然史総合調査の一環で小笠原諸島の海洋動物相調査に参加した。父島周辺の浅場で、もっぱらスキューバダイビングで魚類や無脊椎動物を採集して種組成を調べる調査であった。私は頭足類と棘皮動物の担当で、ウニ類やヒトデ類、ウミシダ類の採集をおこなったが、スキューバでイカ・タコ類を捕まえるのは至難の業だった。その際、島でソデイカ漁を営んでいる漁師の小林さんにお願いして、彼のソデイカ漁に連れて行ってもらうことにした。どのような漁法でソデイカを釣り上げるのかとても興味があったのだ。5トンほどの漁船で沖に出ると、コーラの瓶ほどもあるイカ釣り針を600~700mもある縦縄の先に5mほどの間隔をあけて数個取り付けて、船から樽と旗竿をたてて流す。樽流し縦延縄と呼ばれる漁法である。一度に十数本の縦縄を流して樽の動きを見守り、異常な動きをする縦縄を見つけると引き上げる。すると、体長1mほどのソデイカがイカ針にかかって上がってきた。持ち上げてみると、7~8kgほどもある鰭が三角形で筋肉質の大きなイカである。その時の写真を探し出したが、私も若かった。この経験と次回の話が交わって、超大型イカ類の生態に迫る新たなチャレンジが始まるのである。
小林さんの持ち船、第七大勝丸
ソデイカ用イカ針を仕掛ける小林さん
樽と浮き旗竿を付けて船から縦縄を流す
釣りあげたソデイカと私
・・・その7へ続く。
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その1:http://ch.nicovideo.jp/juf25sui/blomaga/ar1471337
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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