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[本号の目次]
1.マッコウクジラの食べる量
2.マッコウクジラの胃内容物
3.胃内容物の処理、解析方法
4.胃内容解析で分かってきたこと-I
マッコウクジラの食べる量
鯨類は大きく歯クジラと髭クジラに分けられる。マッコウクジラは歯クジラのなかで最大の大きさを誇り、成熟した雄で体長15m・体重50トン、雌で体長11m・体重25トンに達する。雌と子供は群れをつくり、主に暖かい海にくらす。成熟した雄は、単独で暖かい海から冷たい南極海まで大回遊する。高い潜水能力をもち、長く(40-60分)深く(>1000m)潜ることができる。深く潜るのは餌となる中深層性の大型イカ類を捕食するためと考えられている。一日に食べる量は、体重の3%ほどと推測されており、雌は750kg、成熟した雄は1.5トン前後になる。日本近海を含む北西太平洋に約20万頭が生息していると推測されている。雌雄平均して1頭が1トンの餌を食べるとすると、一日で20万トン、年間では7300万トンのイカ類が捕食されている計算になる。ただし、毎日飽食するとは考えにくく、その半分の3650万トンほどが食べられている量としては妥当であろう。ちなみに人間が漁獲しているイカ・タコ類は世界で年間約350万トン、その十分一に過ぎない。深海には、マッコウクジラの餌となるイカ類が大量に潜んでいることは疑いない。しかし、今まで誰もそれらを捕らえたことも見たこともない。マッコウクジラだけが知っている。
海中を泳ぐマッコウクジラ。中村宏治撮影
マッコウクジラの胃内容物
さて、マッコウクジラが何を食べているのかを調べるためには、実際に餌を捕るところを観察できれば一番であるが、深海でそれを見ることは不可能に近い。次の手段として、胃に残された餌生物を調べるやり方がある。今回の調査捕鯨で捕獲されたマッコウクジラは、調査捕鯨母船上で外部形態および生物測定が行われ、そのあと解剖される。調査母船に乗船して解剖されたマッコウクジラから胃内容物を集めてくるのは、田村さんをはじめとする鯨類研究所のメンバーである。マッコウクジラの胃は四つの室に分かれているので、開腹された腹腔から第一胃から第四胃ごとに分けて胃内容物を集める。それを20リットルのトスロンバケツに入れて冷凍して持ち帰り、解凍して調べることになる。胃内容物の多いものでトスロンバケツが20個を超え、少ないものでも8~10個ほどの量になった。2001年の2月、静岡県清水市にある遠洋水産研究所の裏庭に面した標本処理室に冷凍トスロンバケツ100個近くが運び込まれ、胃内容物の調査・解析が始まった。温暖な清水市とはいえ、2月は底冷えするほど寒い。冷凍バケツはなかなか解けず、胃内容物をソーティングする指先は感覚がなくなるほど冷えて、辛い作業となった。閉口したのは、解凍した汁が手や衣服について、なんとも言えぬ異臭に苦しめられた。五日間の作業日程を組んでいたが、だいぶやり残しが出た。もう二度とやりたくない作業であった。
調査捕鯨母船上で第一胃を開けて胃内容を取り出す作業。日本鯨類研究所の研究員が力をだす
左が第一胃、右が第二胃。第一胃の内容物は比較的消化されておらず分類学的に貴重な標本が見つかることもある
冷凍して持ち帰ったトスロンバケツから取り出した胃内容物。なかなか解けてくれない
静岡県清水市にある遠洋水産研究所、裏庭の標本処理室での解凍作業。
胃内容物の処理・解析
もう二度とやりたくないと思っていたが、翌年になるとあの匂いが思い出され、またいそいそと清水へ出向くことになった。ダイオウイカ以外にも、分類学的に興味深いイカ類が見つかることも大きなモチベーションであった。2003年にはメンバーの大泉さんが隣接する東海大学海洋学部の講師として採用され、大泉研究室の学生たちが胃内容物の処理・解析に力を貸してくれることになった。男だけだった作業場に女子大生が手伝いに来て、作業効率は目に見えて上がった。作業はまず冷凍のトスロンバケツを解凍して、内容物を出して状態のよい個体は外部形態から種同定を行い、外套長と体重を測定したあと口球内の上下顎板を取り出し下顎吻長をキャリパーで測定する。また、可能であれば頭部後方の平衡嚢に入っている平衡石も取り出す。珍しいものは写真撮影を行う。それらのデータをコンピューターに入力して、上下顎板と平衡石はバイアル瓶に1個体分ずつ入れてアルコール保存する。消化の進んだ肉片や口球、上下顎板、寄生虫などはバットに小分けして、各々のカテゴリーに分けてソーティングする。ソーティングしたものは、それぞれアクリル瓶にいれてホルマリン固定して保存する。2000年から2004年の5年間で、31頭のマッコウクジラ胃内容物を調べることができた。
消化された残滓をバットに広げ、ソーティングする。中央、お手伝いに来てくれた中束明佳さん、右が大泉先生
ソーティングされた中央上;下顎板、中央下;上顎板、右上;イカの精莢、右下;寄生虫(アニサキス)、左;ソーティング途中の残滓
消化されたものでも口球が残っているものからは上下顎板を取り出し、形状から種の判別と下顎吻長から生鮮時の大きさと体重を推定する
バイアル瓶に1個体分づつ入れてアルコール保存された上下顎板と平衡石
胃内容解析で分かってきたこと-I
2005年の春、マッコウクジラの食性に興味をもち胃内容物調査に参加していた大泉研究室の学部四年生、青木琴美さんが2000年から2004年の5年間で研究に供された雄8頭、雌23頭の解析結果を卒業論文としてとり纏めてくれた。それによると、調べた31個体の平均体長は雄で8.5m、雌で10.3m、雄はすべて未成熟、雌は2個体を除きすべて成熟個体であった。胃内容物の中から消化の進んでいな状態のよいものから、12科38種の頭足類と3種の魚類が査定された。頭足類ではカンテンダコを除き、すべてが中・深層性のイカ類で分類学的に興味深いものが含まれている。特にヤツデイカ科やテカギイカ科、ウチワイカ科、サメハダホウズキイカ科に未記載種と思われる種名の付かないものが見つかった。魚類では、サケガシラ、イトヒキダラ、スケトウダラが各々1個体見つかった。魚類は個体も少なく重量的にも極めて少量で、東北沖合の西部北太平洋に生息しているマッコウクジラの雌および未成熟雄は、種多様性に富む中・深層性イカ類を集中的(選択的)に捕食していることが示された。
2000年~2004年にJARPIIで胃内容物解析に用いられたマッコウクジラ(31個体)の捕獲位置
青木琴美;卒業論文(2006), 東海大学海洋学部より抜粋、無断転載禁止
表 マッコウクジラの胃内容物から査定された餌生物種 (窪寺,2004), 無断転写禁止
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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