[本号の目次]
1.第28次南極地域観測隊 (JARE28)
2.ボウズハゲギス
3.アザラシのバイオロギング
4.小笠原の海、再び
第28次南極地域観測隊(JARE28)
話はさらに10年近く遡るが、1986年に第28次南極地域観測隊の夏隊員に選別され、海洋生物調査を担当したことがある。2月の身体検査、3月の乗鞍岳冬季総合訓練、5月の健康診断の後、6月に隊員決定、さらに夏季総合訓練、調査・観測物資調達を経て11月14日、東京晴海埠頭より南極観測船「しらせ」に乗船して出航。11月28日にはオーストラリアのフリーマントルに寄港して数日間滞在したのち、南大洋を通過し南極海に突入、流氷を押し分けて1987年1月9日に昭和基地付近の定着氷にアンカーを打った。航海中は、連続的に海水をくみ上げて海水中のクロロフィルを測定する観測に従事したが、新しく開発された機器でうまく働かず調整に難儀したことを思い出す。定着氷に着いてからは、「しらせ」後部甲板より籠網を投入して底棲動物の採集を試みた。ヒトデや端脚類、ヨコエビ等に混じって数種の魚類が採集されてきた。回数をこなすうちに、ボウズハゲギスがかなり大量に漁獲された。研究室の流しに洗い桶をおいて畜養していたところ、第27次越冬隊長であった国立極地研究所の内藤靖彦教授の目に留まった。
荒れる南大洋で海水を汲む海洋観測隊員
採水した海水をろ過して海水中のクロロフィルを測る
しらせ後ろの開氷水道を利用して籠網の採集を行う。黄色のヘルメットが私、汚れた作業服が第27次越冬隊の面々
籠網で採集されたボウズハゲギス。黄色いものが端脚類
ボウズハゲギス
南極海には120種ほどの魚類が知られており、多くは南極海だけに生息している南極海固有種である。その80%近くがノトセニア亜目の魚類が占める。ボウズハゲギスは、ノトセニア亜目のコオリウオ科に属し、昭和基地周辺では比較的普通種であるが、それまで大量に採集されたことはなかった。内藤先生は畜養されているボウズハゲギスに気が付くと、ただちに解剖の支度をして、注射器で心臓から血液を吸い上げると鰓を切り出して各々冷凍試料にした。日本に持ち帰り、専門の研究者に提供するとのことである。コウリウオ科の魚類は、血液中にヘモグロビンがないため血液は赤くなく、筋肉や鰓も白色で、各組織への酸素の供給は直接血漿中にとけ込ませておこなっていると考えられていた。その血液は氷点下になっても凍らない。その生理学的機能を検証するためには、多量の血液と新鮮な鰓組織が必要だとのことである。内藤先生から「よくこれだけ大量にボウズハゲギスを手に入れてくれた」とお褒めの言葉をいただいた。解剖に供した残りは、フライにして試食したのは言うまでもない。白身でとても美味であった。
流しで洗い桶に畜養中のボウズハゲギス
ボウズハゲギスを解剖する内藤越冬隊長
ボウズハゲギスのフライ。白身で美味
アザラシのバイオロギング
内藤先生の専門は魚類生理学ではなく、海棲哺乳動物の行動や生態に関する研究を推し進めていた。特に1995年からは南極海に生息しているウェッデルアザラシの行動生態について調査を進めていた。内藤先生は急激な電子技術の発展を背景に、バイオロギングという新しい調査方法を考案した。ロガーという小型記録計をアザラシに付けて、アザラシ自身が自分の行動を記録してくるという。1998年、久しぶりに国立極地研究所の内藤先生の研究室を訪れて、ロガーと撮影された画像を見せてもらった。アザラシの背中に付けたロガーは、丁度双眼望遠鏡のような形で、聞くと片方にデジタルカメラ、片方にストロボライトが組み込まれており、内臓のタイマーにより最短で30秒ごとにストロボが光り150キロバイトほどの静止画を600枚近く撮影・記録できるとのことである。重さは2.5㎏ほどで水深1500m近くまで水圧に耐える、ヘビーデュティー仕様である。母親の背中に後ろ向きに付けたロガーの画像では、母親を追いかけるパップ(子供)の姿が写っていた。その時ハッと閃いた。三年前に見た小笠原のソデイカ縦縄仕掛けの先端に餌とともにこのロガーを吊るせば、餌にくる大型イカ類が必ず撮影されるにちがいない。
小笠原の海、再び
内藤先生にロガーを利用した中深層性大型イカ類調査の概要を説明したところ、それはたいへん面白いとロガーを借用する許可をいただいた。小笠原父島からはホエールウォッチング協会の森恭一博士から情報が入ってきた。森君とは彼の修士の時からの知り合いである。森君は1996年より小笠原ホエールウォッチング協会で、島に来遊する鯨類の季節的な変動などを調べており、マッコウクジラは毎年9月から12月にかけて雌と子供たちが群れをつくり、父島南東10マイルほど沖の陸棚斜面が急に落ち込む海域によく出現するとの情報をくれた。その話で、調査の時期と海域の目途はついた。森君にお願いして、調査を手伝ってくれそうな旗流し縦縄漁の漁師さんの目鼻もついた。あとは調査費用である。2001年より3年間、日本学術振興会の研究助成金で「日本近海産ダイオウイカの分類と系統に関する研究」(基盤C)として研究費の支給を受けることができた。基本は分類の研究だが、その一部を小笠原調査に回すことにした。そして2002年の10月、内藤先生から借用した3台のロガーを携えて、東京竹芝桟橋から「おがさわら丸」の一昼夜の航海の末、小笠原父島の二見港に降り立った。
沖合から望む、小笠原父島。
・・・その8へ続く。
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その1:http://ch.nicovideo.jp/juf25sui/blomaga/ar1471337
*著者情報
【窪寺恒己(くぼでらつねみ)】
水産学博士 国立科学博物館名誉館員・名誉研究員 日本水中映像・非常勤学術顧問
ダイオウイカ研究の第一人者。2012年に世界で初めて生きたダイオウイカと深海で遭遇。
専門分野:海洋生物学/イカ・タコ類/ダイオウイカとマッコウクジラ/深海生物
主な著書:「ダイオウイカ、奇跡の遭遇」新潮社 2013年
「深海の怪物ダイオウイカを追え!」ポプラ社 2013年 他
詳しいプロフィールはこちら
www.juf.co.jp/seminar/kubodera/
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*頭足類の映像もあります
日本水中映像YouTube https://www.youtube.com/user/suitube7
*講演情報などもアップしています
日本水中映像FaceBook https://www.facebook.com/japanunderwaterfilms
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