小説『神神化身』第二十八話

舞奏社所属承認書に関する挿話(あるいは微妙に細かい規則)


【舞奏社所属承認書および舞奏社におけるQ&A】
Q、舞奏社所属承認書を無くしたらどうなるんですか? すごい怒られた上に弁償させられるんですか?
A、無くさないでください。十分に気をつけてください。

Q、気をつけても無くすときは無くすと思うし、物を無くす時って無くそうと思って無くすわけじゃない気がしませんか? 僕こういうの苦手なんですけど……。
A、最大限に気をつけてください。覡(げき)としての自覚を持ってください。

Q、わ、わかりました。同じ舞奏衆(まいかなずしゅう)のメンバーに迷惑をかけないようにします。ちなみに舞奏社で食べていいおやつはどこまでですか?
A、食事は所定の場所で取ってください。軽食も同じです。

Q、それはちゃんと遵守します。でも、どこまでかっていうのが気になっていて。たとえば途中で水を入れないといけない知育菓子があったとして、それを手水舎近くでねるねると練るのは大丈夫ですか? 食べるのは所定の場所で食べます。
A、覡として研鑽を積む身なのですから、舞奏社に知育菓子を持ち込まなければいいのではないでしょうか?
Q(A)、甘党には知育菓子でしか満たされない飢えがあるんです。ハードな舞奏の稽古において、知育菓子の独特な甘さがどれだけ安らぎになることか。


【舞奏社所属承認書覚え書き】

 舞奏社所属承認書とは舞奏社所属の覡に授与される身分証明書である。舞奏社令第八条の三第一項の規定により、然るべき資格を持った人物の覡としての舞奏社所属を承認された者のみが所持することを許される。

 承認書は常に携帯しておかなければならず、社人(やしろびと)などに提示を求められた際は速やかに提示しなければならない。また、紛失した場合は紛失時の状況を細かく説明する必要がある他、宣誓書の再度の提出が求められる。同時に社人による身分証明・化身を検める化身伺(けしんうかがい)を必要とする。

 承認書の成立には、とあるノノウがかつて起こした事件が関わっている。そのノノウは類い希(まれ)なる舞の才能を発揮しながらも化身に恵まれず、覡になることが叶わずにいた。

 そこでノノウは自らの身体に化身があると言って社人を騙し、カミに見初められし身でないまま覡となった。彼がどう化身伺を躱(かわ)したのかは明らかになっていない。こういった事件を経て、複数人の立ち会いの下での承認書の授与が制度化したのである。

 現在では化身を持たない者が覡になることも認められているため、承認書の役割は変遷している。しかし、舞奏社には覡以外の者の立ち入りを禁ずる場所も多く残されているため、依然として承認書の役割は大きいものになっている。

 覡としての任を解かれた場合や、自ら覡としての任を返上した場合、舞奏社所属承認書は速やかに舞奏社に返納することが義務づけられている。



【舞奏社所属承認書に関する挿話(櫛魂衆)】

「舞奏社所属承認書って売れるのかな……」
 比鷺(ひさぎ)の発言に対し、遠流(とおる)がすっと片手を掲げた。それに合わせて、比鷺がすっと三言(みこと)の影に隠れ、防御の姿勢を取る。

「違う違う違うんだって! MMORPGやってるとどんなアイテムでもある程度売れるかどうかで考えちゃうから! 全てのものをそう見ちゃうのは仕方ないところがあるの!」
「僕はお前の根性を叩き直して出荷してやりたい」
 棘のある遠流の言葉に、比鷺が更に縮こまる。本当にこのまま箱に詰めて送り出せてしまいそうだな、と三言は思った。
「でも、舞奏社があんなに失くしたら駄目って言うってことは、本当に失くしたら駄目なんだろうなって……となるとこれってかなりレアアイテムなんじゃって」
「レア……ではあるかもしれないな。覡を辞めたら返納しなくちゃいけないものなんだし」
 言いながら、三言は真面目な面持ちで頷く。
 舞奏社に行く機会も多い三言の所属承認書は、端の方が擦れている。けれど、これが覡として生きてきた日々の証であるので誇らしくも思う。初めて承認書を受け取ってから、これは三言の拠り所の一つだ。六原三言という人間を形作る大切なものの一つである。
「返納された承認書ってどうするんだろ。だって新しく覡になった人のは新しく発行するわけじゃん」
 話の流れを変えようとしたのか、比鷺が首を傾げながら言う。すると、意外にも遠流が考え込んだ。承認書の行方が気になるのかもしれない。ややあって、彼が首を振る。
「……処分するんじゃない? 悪用されたら困るんだから」
「まあそうなるよなあ。舞奏社に忍び込まれたりとかされるかもだしね」
「それでも俺は舞奏社が承認書を取っておいてくれたらいいと思うけどな。それは覡がそこにいた証だ。立ち続けてきた証明だ。どこかに大切にしまっておいてくれたらいいな、と思う」
 舞奏社のどこかに、もうここにいない覡の承認書が静かに眠っている光景を想像する。それは心の安らぐ光景だった。もうここにいない誰かのいた証が、そこにはある。



【舞奏社所属承認書に関する挿話(闇夜衆)】

「舞奏社所属承認書って火を点けても燃えないらしいって噂があるの知ってます?」
 昏見(くらみ)が洒落た灰皿を左手に持ちながら笑顔で言った。右手の指の間には、まだ新しい舞奏社所属承認書が挟まれている。カード一枚をとってもキザったらしい持ち方をする昏見を、皋(さつき)は苦々しい気持ちで見つめる。

 そろそろこの宴会が始まって二時間が過ぎようとしている。アルコールを入れていない皋や酒に強い萬燈(まんどう)はともかくとして、カクテルを作りがてら飲んでいる昏見は、割と出来上がっている頃合だ。というか、出来上がった頃合だという体で、悪ノリをし始める時間だ。せめて本当に酔っ払っていてほしい。

「燃えないわけないだろ」
「見たところ普通のカードにしか見えませんが、このカードはなんと損なわれないそうなのです。火にも強く水にも強く、古びはするけれど滅びはしない。すごいですよね」
「ほう。その話はどこで聞いた?」
 慈悲深き萬燈がそう尋ねる。すると昏見は目を爛々(らんらん)と輝かせて言った。

「ネットです!」
「解散」
「ちょっとちょっと所縁くん! 神聖なる舞奏社からの賜り物ですもん、そういう噂くらい出るでしょう」
「どう考えても不届きだろ。第一、本当に燃えないわけないだろ。なあ、萬燈さん」
「………………そうだな」
「ちょっと待って、萬燈さんが一拍黙んの珍しくないか? ちょっと興味持ったりする?」
「仮に燃えたら、昏見が舞奏社に叱られればいいんだよな?」
「この好奇心の化身……! それで勝てなくなったらどうするんだよ!」
 昏見の手から灰皿を奪い取りながら、皋は叫ぶ。
「所縁くんったら気にしいですね」
「気にするだろ! 俺は願懸けしてる側だぞ!」
「でも、舞奏社所属の証が決して滅びないというのはロマンチックでいいですよね。私達がここで覡として舞っていたことが残るわけですから」
「……いや、そうやって綺麗にまとめようとするなら焼こうとするなよ!」
「そうだな。皋の言う通りだが、噂の流れるところには必ず源がある。そこを辿らずして俺達は真の舞奏に触れられるのか?」
「萬燈さんにこれ以上発言させるとまずい。理屈通ってなくても全部飲み込ませようとしてくるじゃん。この話は終わり! 終わりです!」
「なかなか学習してきたな、皋」


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著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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