小説『神神化身』第二十九話

「未知の茶飯事(To Work Day)」


「そうですね。覡(げき)としての活動とアイドルとしての活動を両立させるのは大変なことですが、充実しています。覡として活動することが自分の芸の幅に繋がっていることをひしひしと感じています」 
八谷戸遠流(やつやどとおる)はインタビュアーに対し、笑顔でそう言った。櫛魂衆(くししゅう)を組んでからは初めての大きなインタビューだ。しっかりと答えることで、アイドルとしての自分のファンと観囃子(みはやし)の両方にアピール出来るだろう。

「八谷戸さんが覡となったことで、本当に幅広い方が舞奏(まいかなず)の魅力を再確認したと聞いていますが」

「今まで応援してくださっていた方々がそのまま観囃子になってくださっているのはありがたいです。自分はずっと支えられているんだな、ということを強く意識させられました」
 この言葉は本心だった。長らく一人で戦い続けている遠流にとって、ずっと応援してくれているファンは心の支えだ。ライブ会場に来ていてくれた人が観囃子として遠流を見に来てくれているのを見つけると、やはり心強い気持ちになる。
「そんな皆さんの期待を裏切らないよう、もっともっと魅力的な八谷戸遠流をお見せしたいと考えています」
 インタビューの最後をそう締めくくると、自然と周りから拍手を送ってもらえた。少し気恥ずかしいが、手を挙げて応じる。この業界に入って幸運だったことは色々あるが、何より遠流はスタッフに恵まれていた。控えているマネージャーの城山(しろやま)も、柔和な笑みを浮かべている。

「インタビューは以上です」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
「それで……あそこにいらっしゃるのは……」
 その時、インタビュアーが遠流の背後に目を向けた。視線に合わせて、遠流も振り向く。そこには笑顔で拍手を送る三言(みこと)と、何とも言えない生温かい表情でこちらを見つめる比鷺(ひさぎ)がいた。

「……そうですね。同じ櫛魂衆の六原(むつはら)三言と、………………九条(くじょう)比鷺です。今日はこれから舞奏社(まいかなずやしろ)に出向くので、ちょっとしたタイミングがあって……ここに同行してもらうことになりました」

「そうなんですね! 素敵なチームメイトですね。しかも幼馴染みだとか。いいですね」
「本当にそうです。僕には勿体ない素晴らしい友人達です」
 遠流は笑顔を崩さずに、そう言い切った。

 
「いやー、僕には勿体ない素晴らしい友人達。僕には勿体ない素晴らしい友人達!! いい響きだなー。あれ三言だけじゃなくて俺も入ってるからね! いいこと聞いちゃったなー」
 インタビューを見学していた比鷺が、満面の笑みで言う。こんなに嬉しそうな顔を見るのは久しぶりだった。
「クソ、だから比鷺はここに来させたくなかったのに」
「いくら遠流でも、みんなの前では俺に意地悪言えないもんね。はー、今日のことを忘れないようにしよ~。俺はあれが遠流の本心だったと信じて生きていくから」
「僕がお前に再三言ってる罵倒はどう思ってるんだ?」
「でも、流石に芸能人って感じだったな。遠流が堂々と受け答えをしているのを見るのは楽しかったよ」
 三言に褒められて、遠流は一気に気恥ずかしそうに目を伏せた。比鷺も比鷺だが、三言に見られるのも何だか居たたまれない。城山が是非櫛魂衆の皆さんも、と言った時にちゃんと断れば良かった。
「三言だってどんな場でも堂々としてるじゃない。観囃子の皆さんへの対応も丁寧だし」
「でもさー、三言って握手を求められたりとかしても、マジで一回一回神対応で長いじゃん。これ三言の人気が更に爆発したら握手で五時間くらいかかりそう」
「お前はいつも青ざめてるもんな。ネットであれだけ人気者を自称してるのにどうなんだあれは」
「じ、実際目の前で観囃子ですって言われると、こう、こう……圧が……圧があって……」
「比鷺は難儀だな。普段はあれだけ愛されたいって言ってるじゃないか」
「とにかく! 遠流のお仕事見学も出来たわけだし、今日はこれでいいでしょ。お疲れ様! はー、インタビュー楽しみだなー」
「待て。帰ろうとするな。このネット弁慶が」

 


 

「ずっと疑問に思ってたんだけどさ、バーの経営とか大丈夫なの?」
 闇夜衆(くらやみしゅう)で舞奏(まいかなず)の合わせを行っている時に、皋(さつき)はふとそんなことを口にした。

「あら、これでも私の経営手腕は結構見られたものですよ? 昏見有貴(くらみありたか)の細腕繁盛記って感じで」

「どこが細腕だよ。結構がっしりしてるだろうが。ていうかそうじゃなくて、こうして練習とかに来る時、バー閉めてるんだろ?」
 闇夜衆の練習は夜に行われることが多い。午前に仕事を入れている萬燈(まんどう)に合わせなくてはならないので、仕方がない部分ではあるのだが、この時間に集まると今度は昏見のバーの営業とバッティングしてしまう。必然的にバーの方は臨時休業にせざるを得ないのだ。

 それが一日や二日ならまだいい。練習が立て込んでいる時は、どうしても連日店を休まなければならない。このままいくと、舞奏の為にバーを畳まなければいけなくなるかもしれない。
「ただでさえお前のバーって人死んでるし事故物件じゃん。そこに連続休業ってなったら流石に経営が傾くんじゃないかって……」
 皋は意外とそういうところを気にしてしまう性質だ。自分が事件を引き起こしているわけでもないが、なるべく場所に後腐れが残って欲しくない。昏見のバーは趣味がいいし、あの場所が無くなってしまうのは個人的にも惜しかった。
「まあ、もし店に支障が出るってんなら、俺の方が時間を合わせるが」
 傍らで話を聞いていた萬燈が大きく頷く。
「や、萬燈さんが時間ズラすのはどうよ。打ち合わせ? 的なのとかあるんだろ。他にもこう……打ち合わせとか」
「所縁(ゆかり)くんの『小説家とか作曲家とかって実際何してるのかよくわかんねえ』が出ているいい台詞ですね」

「うるせえ。でもお前もそう思うだろ? どう見ても優先すべきはそっちじゃん」
「俺の稼業は貴く上等なもんだが、クレプスクルムはそれに匹敵するもんだからな。イーブンで尊重されるべきだろうさ」
 萬燈が屈託なく言う。それを本気で言っているのだから敵わない。昼も夜も特にやることがない皋の耳に痛い。
「ていうか本当に昏見のバーはいいだろ。よく考えたらこいつ、店休んで普通に俺の家に突撃しに来たりするしな。働けよ」
「酷い! 私は断腸の思いで店を休んで所縁くんの元に馳せ参じているのに! でもまあ、萬燈先生がお気になさることではありませんよ。経営の面では問題はありません。闇夜衆を組んでからの方がお客様は増えていますし」
「そうなのか?」
「まあそうだろ。俺達はあの闇夜衆だからな」
 萬燈がいかにも誇らしげに言う。こういうことを言う時の萬燈は殊更に嬉しそうだ。
「しかも、額で萬燈先生のサイン入りの名刺を飾っていますし、ついでに今は亡き名探偵・皋所縁の名刺もありますし」
「ついでみたいに言うなよ」
 額に納められた名刺は、クレプスクルムの壁にちゃんと飾ってある。絶対にそぐわないと思っていたのに、昏見のセンスで飾り付けられたそれは、なかなかその場に見合うものになっていた。
「闇夜衆の昏見有貴がやっているバーというところに価値を見出してくれる観囃子の皆さんには感謝しかありませんね。私は舞奏でもカクテルグラスでも皆さんに報いましょう。ね、想像してくださいよ所縁くん」
 昏見が長く伸びた髪をわざわざ耳に掛ける。そして、囁くように言った。
「私にカクテル、作ってほしくないですか?」
 なるほどな、と皋は思う。目の前の男は自分の価値と強みをよく理解していらっしゃる。そのまま昏見はころっと表情を変えて、にっこりと笑った。
「というか、一日限定で萬燈先生がクレプスクルムでバーテンとして立つだけでもお釣りが来るような話ですからね! いざとなったら萬燈先生に半年分まるごと稼いでもらいましょう」
「お前は本当にそれでいいのか」
 皋が呆れた顔で言うと、昏見が軽やかに笑ってみせた
「それでいいじゃありませんか! 全てのことは楽しんだもん勝ちですよ。仕事だろうと、舞奏競(まいかなずくらべ)だろうと」


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著:斜線堂有紀

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。



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