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小説『神神化身』第二部 三十九話  「舞奏競 星鳥ーIntermissionー」
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小説『神神化身』第二部 三十九話  「舞奏競 星鳥ーIntermissionー」

2022-02-11 19:00
    Twitter公式アカウント(@kamigami_keshin)にて連載中の小説『神神化身』本文アーカイブです。


    小説『神神化身』第二部 
    第三十九話 

    舞奏競 星鳥ーIntermissionー

     書庫にソファーを運び込んでもいいかと尋ねた時、正直八割の確率で断られるだろう、と比鷺は予想していた。この書庫は九条家の集めてきた資料が山ほど収められている場所だ。正直なところ、そこらの舞奏資料館よりもずっと質も中身も上回っているだろう。
     それを表に出さず、一族の為だけの資料として所蔵している辺り、脈々と継がれてきた九条家の閉鎖性を感じるのが嫌だった。
     そんな九条家の書庫だからこそ、妙な神聖視か何かがあって、ソファーを持ち込むなんて言語道断という話になると思っていたのだが──結局、あっさりと受け容れられてしまった。
     お手伝いさんの手によってテキパキとソファーが搬入されていく様を見て、比鷺は何とも言えない気持ちになる。結局のところ、書庫の品位がどうこうという話よりも、比鷺がこの書庫に興味を持ったということが喜ばれているのだろう。そういうんじゃないんだけどな、と、比鷺は苦々しく独りごちる。
     流石は九条家、ソファーの質自体はとても良いものだった。ふかふかの座面に身体を沈めながら、これ部屋にも欲しいなあと思ってしまう。ここから書庫を堕落の園に変えてやるのも、ちょっとした反抗になるかもしれない。
     棚から十何冊か見繕ってしばらく読んでいると、書庫の扉が開く音がした。
    「うん? 誰?」
    「……お前はこの部屋まで荒れ地にするつもりなのか……」
    「あ、なーんだ遠流かぁ。わざわざここまで通されるってなったら三言か遠流かだと思ったけど、どうしたの?」
    「別に大した用事じゃない……。さっき三言の方にも行ってきた」
    「えー! 三言のとこ行くなら俺も誘ってくれればよかったのにー!」
    「三言はもう全力食堂に行ってる。時間が無かったんだ」
    「あ、そっか。で、何の用──」
    「…………お土産」
     遠流は何故か不服そうな顔をしながら、小さな袋を掲げて見せた。そんな顔をする癖に律儀にお土産を買ってきてくれる幼馴染のことが、比鷺はとても好きなのだ。
    「ひゅー! ひゃっふー、ありがと! ほらほら、そんなとこ立ってないでここまで来なよー。このソファーめっちゃいいんだよ。ふかふかだしおっきいし」
    「僕まで堕落に誘い込むな」
    「寝るのにもいいと思うなー、これ」
     比鷺が言うと、遠流は数瞬だけ迷った後、いそいそと近づいてきた。そして、ぽすっと比鷺の隣に座る。
    「うわ……これは……なかなか……」
    「秒で寝ようとしてるじゃん。まー、気持ちいいよね」
     そのままお昼寝に入るかと思ったのだが、すんでのところで耐えたらしい。遠流がソファーの周りに散らばった本や資料を指差す。
    「……これ何?」
    「あー……これは舞奏についての本とか資料だよ。次が始まる前に俺なりに調べておきたくて」
    「調べる? 何を」
     遠流が途端に険のある声になって言う。遠流は何故か、比鷺が舞奏のことについて調べたりするのを嫌うのだ。それは、舞奏からずっと離れたがっていた比鷺のことを、敢えて慮っての行動なのかもしれない。
    「や、そんなしっかりとじゃないけど……ちょっと気になることがあって。とはいえ虱潰しにやってるから、求める情報に行き着いてる感覚も無いし」
    「求める情報って何だ」
    「それも分かんないよ。ま、ちょっとした気分転換みたいな? このふかふかソファーでだるだるしたかったってだけでもいいけどねー」
     ぽすぽすとソファーを叩きながら言うと、遠流はまだ何か言いたげに口を開いて、また閉じた。どうやら見逃してくれるらしい。
     本当は比鷺だって何を探しているのか分からない。ただ、何もしないでいるよりは、この書庫を漁っていた方がいいような──そんな気がするのだ。各國の伝承はなかなか面白いし、それによってカミとどう関わっていくかを決めてきた感じはユニークだ。一方でカミについて懐疑的な國もあるのが、相模國に生まれた比鷺には信じられないような気もする。それこそ、三言なんかはどんな反応を返すのだろうか。何を隠そう、比鷺が舞奏関係の資料を読もうと思ったきっかけの一つが三言である。ひたむきにカミと舞奏に向き合い、歓心を捧げ続けている、大切な幼馴染。だからこそ、思う。
     果たして、あれほど三言を惹きつける舞奏とは──あるいは、カミとは何なのだろうか。
    「……舞奏については分かったけど、これ何」
    「え? ああ、書庫にあったんだよね。だから一通り読んでみた」
     遠流が手にしていたのは、萬燈夜帳の小説だった。天才小説家と名高い彼は、最初は苦手としていた相手だった。なのにいつの間にか舞奏やらゲームやらを通して、何だか妙な距離感になってしまった相手だ。何より、合同舞奏披の稽古の時のことは──忘れたくても忘れられないような一件だった。もう、苦手と一口には言えなくなってしまっている。とはいえ、じゃあ何と言っていいかも迷うのだが。
    「お前が買ったんじゃないのか?」
    「いや? そんなわけないじゃん。俺、そうそう小説とか読まないし。だとしたら多分クソ兄貴のなんだけど、あいつもそんな読むタイプじゃないんだよな。親……はもっとあれだし」
     九条鵺雲と小説の組み合わせは、なんだかとっても似つかわしくない。そういった娯楽を楽しむよりは、舞奏の稽古に勤しんだりする方が似合う男だし、書庫には彼が好みそうな資料が他にも沢山ある。
     それとも、萬燈夜帳の小説があまりに面白かったから、これだけは例外だということなのだろうか? 確かに萬燈の小説は面白かったから納得が出来ない話でもないが、それにしたって、である。
    「そうか……九条鵺雲が持っていたものか……」
     考え込んでいる比鷺の横で、遠流は何故か微妙な表情をしていた。遠流も遠流で萬燈夜帳が苦手なはずなので、そんな顔になってしまうのも分かる。萬燈の小説を見ただけで、威嚇猫ちゃんモードに入ってしまったのだ。
    「大丈夫、俺は遠流の味方だからね」
    「どういう思考回路でその発言が出てきたのか分からないが、なんだかとてもムカつくことだけは分かる」
    「ちょっ、なんでそうなるのぉ!?」
     遠流の追撃に備えるべく身を縮こまらせていると、遠流は溜息を吐き、改めてソファーに沈み込んだ。ふかふかのソファーで怒りが削がれたのかもしれない。比鷺は改めて九条家の財力に感謝する。
    「ちなみに、萬燈夜帳の小説は面白かったのか」
    「うん。まあ面白かったよ。売れる理由も評価される理由もわかるし、妥当だと思う……」
    「何で僕の顔色をちらちらと窺ってるんだ、お前は」
    「う……いや、なんかなと思って……でも、評価は正当に下すべきだというのが俺のスタンスだし」
    「別にそのくらいじゃ怒らない。どれが一番面白かったんだ」
     遠流が萬燈夜帳の小説の山を見ながら尋ねる。
    「うーん。作品によってジャンルが全然違うから一概に言えないんだけど、俺は『The Original of Beheading』が好きかな」
     黒を基調にした重々しい表紙の本を手に取りながら、比鷺が答える。
    「なら僕もそれを読んでみる」
    「いや、これ英語で書かれてるから遠流は無理──というわけでは決してないけど、ちょっと勉強しないと駄目かも……って、いたっ痛っ! こら! 幼馴染をじわじわ引っ掻くんじゃありません!」
    「英語が読めなくて悪かったな」
    「大丈夫大丈夫、そこらの奴らもみーんなこのレベルじゃ読めないでしょ。俺は超賢いから読めちゃうだけで……爪をしまいなさい! もう! めっ!」
     それに、比鷺だって英語を勉強したくてしたわけじゃないのだ。人とリズムがまるで違う生活をしていた比鷺は、自分とは全然違う国に住む人間と交流をせざるを得なかったのだ。一周回って生活リズムが合うような、地球の裏側の人間と。だから、覚えた。
    「……その、わざわざ英語で書かれた小説はどんな内容なわけ」
    「うーんとね、なんて言ったらいいかな……この本はSFなんだけど、指向性可変観測って現象が起きる世界の話」
    「指向性可変観測……」
    「これは俺の適当な訳だから、本当はどんな訳を想定されてるのかわかんないけど。その元でいうと……VDOっていうのが中心の話。世の多数派の認識によって観測結果が変化するっていうことが起こる中で、物事の起源を書き換える戦争が行われてるってやつなんだけど、面白かったよ」
    「なんか妙な話だな」
    「思考実験っぽい小説が好きなんだよね。だから結構好みだった。そだ、遠流が読みたいって言ったら、萬燈先生が手ずから和訳してくれるかもよ?」
    「絶対に嫌だ。そんなことをするくらいなら相討ちを選ぶ」
     遠流がまたも牙を剥いてこちらを威嚇してくる。ご機嫌斜めな彼を宥めるべく、比鷺はふわふわのクッションを遠流の手に押しつけた。すると、遠流は急に目を細めてうとうとと睡魔に身を委ね始めた。どうだ、これに抗うことは出来まい、と比鷺はほくそ笑む。
    「俺ねえ、ずっとお前がこうしてればいいと思うよ。お前だけじゃなくて三言もだけどさ、何の心配も無く、幸せでいてくれたらさぁ」
     比鷺が何気なく呟いた言葉は、眠りについた遠流には届かなかった。だが、別に伝えようとして言った言葉でもないので、それでよかった。これは多分、宛先のない祈りだ。
     
     *
     
    「顧客が本当に求めていたもの、全ての人間が求めるガンダーラ、遙か彼方に訪れし理想郷こと、私の出番ですよ! 所縁くん!」
    「お前は誰に向かって言ってんだよ」
    「昏見を待つ全ての人間に対してだろ」
    「ええ、その通りです。萬燈先生ってば分かってますねえ」
     苦々しげにツッコミを入れてくる皋所縁と、おおらかにこっちの発言を流してくれる萬燈夜帳を交互に浴びながら、昏見有貴はにっこりと笑った。クレプスクルムは完璧なお店であるという自負があるけれど、そこにこの二人が揃っていれば言うこと無しだ。
     口に出してはわざわざ……言うこともあるし、割と頻繁に態度に出してはいるけれど、昏見有貴は闇夜衆のことが大好きである。昏見だけに。
     だから、こうして皋が烏龍茶の烏龍茶割を飲み、萬燈がテキーラベースのカクテルを飲んでいる状況を見ているのは、なかなか喜ばしいことであったりする。(気分が良いので、ここで烏龍茶の烏龍茶割の秘伝のレシピを教えてあげましょう! これはですね、烏龍茶と烏龍茶を一対一で割るというものなんです。わあーいがーい! びっくりしましたか? 他の誰にも言ってはいけませんよ)
     こうしていると、今が単なる幕間であることを忘れそうに──いや、意図的に忘れてあげたくなってしまうのが困りものである。自分はただ、闇夜衆として舞奏競で勝ち上がり、この二人と共に大祝宴に辿り着くことこそを目的にしているのだと思ってあげたくなってしまう。これは昏見の脆弱性である。だが、脆弱性を脆弱性として俯瞰して見られている内は、昏見の内側には漣一つ立たないのだ。
     ひび割れに敢えて触れずに、グラスを割らないくらいの芸当は出来る。昏見はそう思っている。
    「というわけで、今から雑談しまーす」
    「『今から雑談します』って言って雑談する奴がいるかよ」
    「前置かれることでこっちの期待も高まるだろ。俺もよく結論から最初に読者に見せる手法を使う」
    「萬燈さんって全てのことを良いように変換してくれる機能付いてたりすんの?」
    「まあまあ。聞いてくださいよ、所縁くん。映画やらなんやらで『僕が死んだらこの手紙を読んでほしい』ってお手紙渡されるパターンってあるじゃないですか。『この手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないだろう』っていうやつ!」
    「は……? え、いきなりなんだよ」
     皋があからさまに不安げな表情を見せる。大方、この話の流れに不安を覚えたのだろう。闇夜衆の誰かが、あるいは話題に出した昏見がそんな手紙を押しつけて消えるところでも想像したに違いない。分かりやすいのは大変よろしいといったところだが、この話の骨子はそこじゃない。
    「でも、私あれってどうかと思うんですよね」
    「あれってどうかと思うようなもんじゃないだろ……戦地に行ったりとかしてんだからさ……」
    「考えてもみてください。『何々の場合は開封してください』って書いてある手紙ほど信用出来ないものもありませんよ。大抵はここに『もう少し早く教えておいてくれればよかったのに……』という情報が書いてあるものですし。その所為で家族同士が血で血を洗う争いをしなくてはいけなかったり、隠し財産が海に沈んだりしちゃうんです! というわけで、そういう手紙が来たら躊躇無く開封するようにしているんです!」
    「昏見の意見には一理あるわな。そこに伝えられるべきもんがあるなら、場合問わず知らしめられた方がいいこともある。探偵をやっていたお前だ。そこには思うところがあるんじゃねえか?」
     萬燈の言葉に、皋が「ええ、これそういう話か……?」と眉を寄せる。同じことを昏見が言っても一蹴するだろうが、萬燈が言うと説得力が違う。これだから萬燈先生はやめられませんね! 一衆に一人は備えておきたい人材です! と昏見は思う。
    「というか、そんな意味ありげな手紙、普通はそうそう受け取らないだろ……」
    「そうなんですか? まあ、所縁くんは失格探偵ですからね。私は週に大体十四から二十一通くらいは受け取ってしまうんですが」
    「一日に二、三通届いてるじゃんそれ。一々条件覚えてらんないだろ!」
    「それもあって、私はちゃんと開封するようにしてるんですねえ」
     昏見は言いながら、からからと楽しそうに笑った。
     そんな条件なんて、こっちが慮ってやる義理は無い。昏見有貴はそういう人間だ。先方の美学に拠るものであれば尊重してやらなくもないが、そうでなければ決定権はこちらにある。
     だから、舞奏競・星鳥の勝敗が決してから──その結果次第で開封してほしい、と前置かれた手紙を、昏見は何の躊躇いも無くすぐに開封した。そして、ざっと目を通してから、手紙を火に掛けた。どうせ、不遜で不可解で、忘れようにも忘れられない内容だ。バーンアフターリーディングですね、と昏見は小さく言う。
     これで、ある意味で自分も──正確に言うなら闇夜衆も、舞奏競・星鳥に無関係ではいられなくなった。だが、とはいえ出来ることは何一つ無い。舞奏競は公平である。それに、昏見はこの手紙のことを、無かったことにも出来てしまう。
    「おい」
     考え込んでいる昏見に対し、皋が怪訝そうに言った。
    「何か今日お前変だぞ。や、いつも変だけど」
     口を尖らせながらも、その口調はどこか優しい。それに対し、昏見はいつも通りの笑顔で応じた。
    「大丈夫ですよ。目標を前にして惑わないのが私ですから」
     そうだ。昏見有貴は──怪盗ウェスペルは、そうして生きてきた。それは、この妙な手紙を受け取ろうが、どれだけ闇夜衆が好ましく愛おしくなろうが変わらない。そこで惑わされれば、真に選ぶべきものを見誤る。
     昏見はまだ星鳥の行方を知らない。自分が何を選ばされるのかをまだ知らない。

     



    著:斜線堂有紀

    この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


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    ©神神化身/ⅡⅤ

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