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  • 【フミコフミオ「人間しっかく」】第4回 復讐はタバコの香り

    2015-07-08 12:03会員無料
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    第4回 復讐はタバコの香り


    「社長の座を奪う」

    俺の野望の炎は鎮火されつつあった。いつもそうだ。初っ端だけは勢いがあるが、出ばなをくじかれてフェードアウト。それがこれまでの俺の人生だった。

    「今回も同じなのか…。このまま転職もかなわず、窓際のデスクでニコニコ動画を視聴しながら定年退職を待つ日々を送るのか…」

    絶望の海に片足を突っ込んでいた俺を神は見捨ててなかった。総務経由で、ある厄介の指令が下った。

    《指令①会長宅へのタバコ配達》

    社長の上にいる会長。まさか大ボスに近づくチャンスがくるとは…俺は喜びを隠せない。会長宅へのブツの輸送は精神的にきつく、総務課の若い連中が根をあげているという噂は聞いたことがあるが、まさかその役が俺に回ってくるとは。俺は自分に優しい神だけは信じる。指定された日時は日曜の正午。休日だ。もちろん手当は出ない。

    指定されたブツはマイルドセブン4カートン。お安い御用だ。俺は愛車のブリジストンを日曜の商店街へと走らせた。

     
  • 【フミコフミオ「人間しっかく」】第3回 キャバクラで敵の裏金の秘密を暴け

    2015-06-24 11:47会員無料
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    第3回 キャバクラで敵の裏金の秘密を暴け


    国家資格。職業能力。愛想笑い。それらのいっさいを持ち合わせていない俺に、人並みな転職など夢の話だ。勤務している業績不良で沈みかかった赤字中小企業の社長席を奪うしか未来はないのだ。未来はないのだ。大事なことなので二度言う。人並みに持ち合わせてしまった社会性が俺に人目を気にさせ、俺はひとりごとを路地裏で言う。

    赤字のため賞与なし。賞与払いのローンで従業員は緩やかに死にはじめている。俺も一日五百円の苦しい生活を強いられている。その一方で、経営責任者であり、ターゲットである社長は赤字続きのはずなのに毎晩豪遊。おかしい。ターゲットの資金元が臭う。その金は、裏金の出所はどこだ…。裏金に火をつければターゲットは赤い血を流すにちがいない。

    俺は調査に乗り出した。ところが自称社長の女ミキも自称情報屋のヤクザ君も社長のカネの話になると、「それよりさーキムタクの新ドラマ面白いよねー」「それは…ちょっと…」と言葉を濁す。俺は言葉の濁流から金の匂いを嗅ぎ取ってしまう。すでにターゲットに買収されていると知る。

    実力の通じないコネとお世辞の戦い。そこにもうひとつの要素が加わった。金だ。誰も信用出来ない。今日の敵は明日も敵だ。もっとも、現在ヤクザ君には借りばかりで貸しはないので有益な情報を得るのは絶望的。ノーワーク、ノーペイ。ツケのきかない非情のルールの世界で俺たちは生きている。

    社長の女ミキを抱けば話を聞き出せるはずだが、俺はアンドレ・ザ・ジャイアント似の全身から箱根大湧谷のように湯気を噴出させる女を抱く自分の姿を想像してはそのイメージを振り払うように頭を振った。俺の戦場に神はいない。化け物だけがいる。

    ターゲットこと社長直々に俺へ連絡があった。

    「たまには飲みに行こう」

    社長直々の申し出に、俺はウコンの力を飲み、ネクタイを締め直し、最近の担当案件の進捗を確認するなど入念に準備をしてしまう。骨の髄まで染み付いた己の社畜ぶりに絶望する。一通りの準備を終えると、俺は社長の座を狙っているのを悟られたかもしれない…その恐怖で震える手を抑えられなくなる。二日酔いで手が震えているだけかもしれない。俺にそのジャジメントは出来ない。

     
  • 【フミコフミオ「人間しっかく」】第2回 慰めの報酬は個室ビデオで支払われる

    2015-06-10 10:39会員無料
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    第2回 慰めの報酬は個室ビデオで支払われる


    社長がミキを連れて夜の街に消えていくのを見ながら、俺は、ナイフの形をした絶望を首筋に当てられている気分を味わっていた。さくら水産の白いネオンは俺の絶望を照らさない。クソ。社長の代わりにミキの同伴の相手をする。その機に乗じて社長の女ミキを抱いて懐柔するプランは初っ端から頓挫したわけだ。このままでは会社を乗っ取るのは難しい。

    それにしてもミキはキツすぎた。あれは抱けない。無理だ。アンドレ・ザ・ジャイアントに酷似した顔面だけでなく、取り組み後の力士のように全身から噴き出している意味不明な湯気は、キツいという言葉ですら生温い。社長はあの化け物を抱けるのか…いや、化け物を抱けるから社長の座についているのか…。社長席までの距離が何光年にも思える。

    ふと脳裏に疑念がよぎる。「社長とミキの関係は本物なのか」という疑念だ。実力だけではのし上がれないコネとお世辞の世界。偽情報を掴ませて破滅させようとする数多の獣が四六時中俺の背中で牙を剥いている。俺は真偽を確かめるために情報屋のヤクザ君に電話をかけた。ヤクザ君は、昼は経理事務所で勤務し、夜はこの界隈で情報屋として暗躍している。

    「情報は間違いない。約束する」

    ヤクザ君の声からは何の感情も読み取れない。