この日はプロ協会Aリーグ最終節の日。現在時刻はAM1:30――
そろそろ寝るつもりだったのだが、右2(鳳南赤無)が予約3:0で僕を誘っている。
赤無しの練習、景気付け、いや単なる気の迷いだろう。
なんにせよこの時は普段押すことのない場所の予約ボタンをポチってみた。
1戦目・東4局0本場・西家
リーグ戦の話だが、最終節だけに限って言えばこういうのも押していくつもりだった。
現在はこの位置、3位の決定戦進出ラインまでは250ポイント弱。自分が35000点のトップ、対象者が15000点のラスで100ポイントの差が縮まる協会ルールだ。
現実的に不可能というポイント差ではない。薄い抽選を無理やりにでも当てにいかなければ到底とどかないというわけでもない。ただ――
あの時、押しておけば良かった――
という悔いだけは残したくない。そう思っていた。
当たり前と言ったら当たり前だが、天鳳のこの局面では撤退した。
同じ赤無しとはいえ、これでは明日の練習になりそうにないや・・・
牌譜を見返すと時刻はもう2:40。
まだ眠くもない僕は、今度はいつも通りの赤有りを予約した。
2戦目・東2局1本場・西家
すると東2局にして飛び寸前になる。
こんな放銃、今日のリーグ戦で起こったら思わずゲロ吐いてしまうよ。
2戦目・南3局2本場・南家
南3局に奇跡が起こる。天鳳でこの点差から
2着に浮上できることなど、一体何度あることだろうか?
奇跡――か 今日それが起こればいいのだけど。
【9月6日の牌譜】
09/06/1戦目| 牌譜 | 鳳南喰 |
http://tenhou.net/0/?log=2014090601gm-00ab-0000-e5bd35e3&tw=1
3位 B:【罪歌】(-17.0) C:放銃王4(-38.0) D:仲川翔(+49.0) A:あい☆まい★みー(+6.0)
09/06/2戦目| 牌譜 | 鳳南喰赤 |
http://tenhou.net/0/?log=2014090602gm-00a9-0000-aea970df&tw=3
2位 D:【罪歌】(+10.0) A:束子(+45.0) B:神芝居(-15.0) C:gousi(-40.0)
11:00。最終節の1半荘目。
同卓者は100ポイント差以内で降級を争う浪江、須田。僕と同ポイント程度の金。
須田は普段通り飄々としていたし、金も全く変わらず寡黙だった。浪江に至っては喜怒哀楽という全ての感情が欠損しているのではないかと思うくらいのポーカーフェイス。
想いは誰にも見えないけれど――
気合や闘志を前面に出す人もいれば、内に静かに深く秘める人もいる。敢えて言葉にすることによって自分を奮い立たせる人もいれば、頑なに不言実行を貫き通す人だっている。
十人十色、人それぞれ、所詮他人だ。目に見えているものだけが真実ではないということ、聞こえてくる言葉だけが本音ではないということ。それくらいは百も承知だ。
ただ1つだけ――この場に対局者として鎮座しているということ。
ここに集う人達の本心はそれだけで十分に共感できる。Aリーグとは――
そこに到達するために相当な年月を要するもの。1年間で拘束される日数や時間、年会費やエントリーフィー、さらにいえば交通費といった費用だってバカにならない。
それだけの対価を支払ってこの場にいるということ。勝ちたい理由もここまで来た背景も、麻雀と向き合う姿勢すら人それぞれ全く違うことだろう。
だがこれだけは断言しても良い。
勝ちに執着しない人はこの場には絶対にいないということだ。
たった1つだけ、それだけは紛うことなき真実であり、全員の本音だと確信している。
人一倍勝ちたい――意気込みとしてはいいだろう。しかしそれは思い上がりが過ぎるのではないかと思う。誰だって勝ちたいのだ。その気持ちに個人差などありはしない。
そういう相手だからこそ「全力をもって」――だ。
東場は浪江が一歩抜け出した。最低限3トップは必要であろう金と僕、浪江にだけはリードを許してはならない須田。この状況では共闘もありえない。3者共に追撃の機会を――
「ロン、32000――」
発声したのは金、放銃したのは須田。8巡目リーチ。2枚切れの白。
捨て牌の絵面では到底看破することができないような見事な国士無双だった。
これにほくそ笑んだのは間違いなく浪江だ。自身のトップをまくられるよりも、須田のラスがほぼ確定し、素点でも32ポイントの差がつく。
内心小躍りしていたとしてもおかしくはない。
さすがに少しだけ気になって横目で浪江の表情を確認する。
・・・口元一つブレない。その表情、もしや精巧な蝋細工の仮面なのだろうか?
僕はこの半荘3着、次の半荘でラスを引いた。
ここで今年のリーグ戦は事実上終了。可能性がゼロというわけではない。
ただ安西先生がなんと言おうと、可能性は限りなくゼロに等しいということ。
3半荘目のオーラス、1、2半荘を連勝で決定戦の目がグッと現実味を帯びてきた金が南家で2着目。45000点オーバーの須田がトップ目の親番だった。
前節までのポイント下位者が最終半荘の抜け番となる慣例。
つまり須田にとってはこれが今期の最終半荘だ。
現状で終わると現在抜け番の浪江が最終半荘で10000点台のラスを引いたところでどうかといったところ。トップ目でありながらまだこの親番は簡単には引き下がれない。
金にとってもここが正念場だ。2着でいいはずがない。絶対にトップをまくりに来る。
少しでも可能性のある限り、強引にでもそれを追求する局面であることは間違いない。
僕は3着目。金とは11000点差、須田とは25000点差、供託に1000点。
これが7巡目の牌姿、突然変異だ。
2枚目の發を仕掛けて打7m。テンパイしたのが9巡目だった。
僕はトップを獲ったとしても最終半荘は最低20万点以上、2着だとしたら25万点は必要であろうというポイント差。もはや条件ともいえないような絶望的差だった。
降級ラインはもっと遠く、10回箱を重ねたとしてもどうかというところ。どちらも現実的に起こり得ない。それでも僕は安めの出アガリは金以外からはしないつもりだった。
それが金の決定戦の目を完全に潰すような行為だとしても
そして須田から高めが出た場合は――
「16000――」
放銃したのは須田。それが彼の降級を完全に確定させるような行為だとしても。
僕にとって大勢に影響のないところで起こった小さな奇跡は、最後の最後まで望みを捨てず、何とか抗ってきた切実な想いを完全に踏みにじるものだった。
結局金は決定戦に届かなかったし、須田は降級した。お世辞にも仲が良いとはいえない3人だったが、終了後は珍しく、本当に珍しく少しだけ今日の麻雀に関する雑談をした。
他愛もない麻雀の話だった。ただ話の内容には特に深い意味はなく
1年間、お互いの労をねぎらうように言葉を掛け合っているようにも感じた。
2人とも表情に疲労感は滲み出ていたものの、表情は晴れやかだった。
人前ではそう、この場においては気丈に振舞うしかない。
しかし僕はこれからの彼らを知っている。なぜなら自分がいつもそうだから。
帰路の途中、就寝前、フトした瞬間に想い出す。
あの時――白を1巡前に離していれば
もしかしたら浪江が掴んで自分が残留していたかもしれない――
そんな考えても仕方のない、本当に下らない結果論まで頭に浮かんで
1人虚無感に打ちひしがれる。そういうものなのだ。
勝者の裏には必ず敗者がいる。勝つということは他人の想いを踏みにじるということだ。真の勝者はたった1人。それ以外の者はどこかで苦汁を飲まされることになる。
そしてまた1年――その繰り返しだ。負けて満足したことなど生涯一度もないのだから、確率的に言えば悔しい思いをしたり、絶望的な気持ちで終わることが圧倒的に多い。
冷静に考えるとそれは一体どんなマゾヒズムなのだろうか――
それでもまた性懲りもなくあの舞台に帰ってくる。
悔しくて悔しくて、泣いたあの日のことも
次こそは絶対に負けないと誓ったあの日のことも
過ぎ行く日々の中、次第にその気持ちは薄れてゆく。
そして、次が近づくと共に思い出す。「今度こそ――」 これでは遅い。
大切なのは気持ちではない。 日々の積み重ねを怠らないこと。
それだけは忘れてはならない。 あるかどうかわからないその時のために――
去年よりもちょっとだけマシな戦い方を披露するために。
自分のやってきたことが少しでもいい方向に報われることを信じて。