閉じる
閉じる
×
あっかんべーをした写真が有名な「相対性理論」の生みの親、アルベルト・アインシュタイン。親日家としても知られる彼は、76歳でこの世を去る直前まで研究し続けました。そんなアインシュタインが亡くなった日のオフィスの写真と、その貴重な写真を撮影したフォトグラファー、ラルフ・モース氏の語った当日の様子がLIFEマガジンに掲載されました。 では、以下から詳細をどうぞ。
【大きな画像や動画はこちら】
---------------------------------------
「私は病院に駆けつけました。しかし、そこはジャーナリストやフォトグラファー、見物人でごった返しており、カオス状態でした。そこで、プリンストン高等研究所にあるアインシュタインのオフィスへ向かったのです。その道中、私はスコッチをケースで購入しました。というのも、私は、私の質問に対して、人々がお金を渡しても喋らなかったとしても、お酒があれば喜んで喋ってくれるということを知っていたからです。そんなわけで、私は建物の管理人を探し、彼にスコッチを5本渡し、その見返りにオフィスのドアを開けてもらったのです。」
---------------------------------------
とモース氏は語っています。 アインシュタインの死は歴史的出来事でした。モース氏はオフィスの中の写真を撮り、さらにアインシュタインの葬儀が行われた場所も追跡したのです。しかし、最も大切なことは、机や椅子、本棚、当時の記憶を鮮明に呼び起こす黒板の肖像を残すことが出来たことでしょう。LIFEマガジンはトップ画像の写真に「His Fourth Dimension, Time, Overtakes Einstein(第四の側面、時間がアインシュタインを追い越す)」というヘッドラインをつけて発行しました。 当時のLIFEは次のように記しています。 ---------------------------------------
公式で埋め尽くされた黒板わきの主人を失った椅子は、かつてそこに座っていた学者が滅多に席を離れ無かったであろうということを想像させる。おそらく、プリンストン研究所の草地を見つめながら思索にふけっていたのだろう。しかし、この椅子の主は2度と戻って来ない。先週、全世界が偉大なる物理学者の死を悲しんだ。 50年に渡り、世界はアインシュタインに名誉と信用、名声を与え続けて来たが、彼は世間の名声には無関心だった。ダボダボの古い服に身を包み、彼だけが解くことの出来る膨大な理論的問題を沈思した。そして、彼は、自身が大切にしていた「正義、自由、平和」という考えに挑戦することを明らかにした。自分が構成した「宇宙宗教」という思想を信じていたのだ。アインシュタインはこう語っている。「私は悪を罰したり報酬を与えるというような神学の神を信じていません。優れた推理力の存在は、無限の宇宙の中で明らかになり、私の神の考えを形作りました。 LIFEマガジンより一部抜粋
---------------------------------------
LIFEにはより詳しい内容が紹介されています。よろしければどうぞ。
[via io9] (中川真知子)
RSSブログ情報:http://www.kotaku.jp/2012/10/this_is_what_einsteins_office_looked_like_on_the_day_he_died.html