責任という名の「地雷」を避けたい
正直に言うと、自分はわりとちゃんとしてるように見られがちだと思う。落ち着いてるとか、話が通じるとか、責任感があるとか。確かに僕は「ちゃんとすること」に割かしこだわりがあって、「納期は死んでも厳守する」とか、「決めた仕事は倒れても遂行する」とか。日々のルーティンもいちいち守っていて、朝は洗顔をして 朝食はしっかりとって 隅から隅まで掃除機をかけて 洗濯物は絶対にためず 帰ったら必ず手洗いうがいをする、とか。実際こんなのクソだるいしさぼれるものならそりゃサボってたいけど、しっかりしていたい理由としては、普段ちゃんとしていたら「誰にも文句を言われない」から。僕、文句がすごいキライなんですよね。イラつくので。なので、たまーにサボっても「普段しっかりしてるから」と、たまーに見逃されたいが為だけに、そこそこ真面目に生きるように心がけている。でも内側ではずっと「これ以上ちゃんとやったら壊れるな」という感覚を抱えながら、しばしば生きていると思う。そんなこんな生活していると、幸か不幸かよく聞く言葉がある。「君なら安心して任せられるよ」 「しっかりしてるから、頼りにしてるね」こんな言葉をかけられるたびに心の中では「またか」と、小さな警告音が鳴るような気がする。なぜかといえば、その言葉はやがて「何故やらなかったの」「何故できなかったの」という、無言の責任転嫁に変わっていくことを知っているからね。これは不本意に押し付けられた、責任という名の「地雷」でしかない。ただ、なぜ僕はこれを恐れてしまうのか。それを回避するためのこじれた生存戦略が、まああるのだが…これをどう解剖してやろうかと考えたとき、今回はあるものを導入してみることにしました。
それが占星術。響きがカッケーー、いつまでも中二病ですからね。FF14に鬼はまりしてたころ、メインジョブは学者だったのにもかかわらず、「名前がっこいいから」って理由だけで、占星術師で零式をひたすら回っていたりもしました。
あと誤解しないでほしいのですが、僕は普段、スピリチュアルにはほとんど興味がありません。むしろ「星の配置で運勢が決まるなんて」と、どこか冷めた目で見ているタイプです。学生時代に見ていた朝のテレビの占いも、上位なら「ラッキー!」下位なら「てめえごときが俺の未来を判断するな」とめちゃくちゃでした。 けれど、これだけ長い年月、人類の歴史と共に残り続けてきたシステムなら、統計学や人間分類学の一つとして、たまには頼ってみてもいいんじゃないすか。そう思ってひっくり返してみた僕のホロスコープには、「責任を避けて生きること」の仕組みが、結構精密に記述されていて驚いてしまった。自分は 努力ができない人間 なんじゃなくて、努力を“無制限に要求される状況”に弱い人間 なのかなと思う。
以下が結果なので、ほな一旦、一緒に見てみよっか^_^
2025/12/18(木) 21:04
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