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2026年1月の記事 1件

集団不適合者の学生時代の話

教室のざわめきというのは、いつも近くで鳴っているのに、なぜか遠く感じた。 窓の外で風が鳴っているような、関係のない音のようにも聞こえる。 笑い声も、冗談も、流行りの話題も、 すべてが一枚のガラス越しに行き交っているようで、 自分だけが別の空間に立っているような気分になる。 そこに立っていた時の自分はまるで、透明人間でもあるかのようで、 しかし同時に、そこそこ目立つ位置に配置されてしまっていた。 誰にも深く見られていないのに、なぜか前のほうにいる。 この矛盾した感覚が、 僕の学生生活のだいたいであり、ほぼすべてだった。 僕は第一に、集団行動が好きになれない。どちらかと言われれば、はっきりと明確に「1人」が好きで、 かといって、集団が「嫌い」というほどの情熱もない。集団っていう概念に対して、「どうでもいい」が最も正確な表現だと思う。 学生時代に過ごした集団の中でいつも感じていたことは、そこに座っていると、自分の人生の時間が少しずつ削られていく感覚。 何かをしているようで、何もしていない。 気づけば時は過ぎ、大した意見は求められず、 「参加した」という事実だけが記録されていく。「何とも言えぬ」まま、空返事を繰り返し、ひたすら日々が過ぎていくばかり。 こんな人間でも、学生時代は「グループ側」の人間だったはず。 ただしリーダーでもなければ、ムードメーカーでもないし、トーク担当でもない。 声量は平均的だし、社交性は並以下。 それでもつるむ人間に困らなかったと思うし、 部活内のバンドメンバーも探すことなく組めたし、 球技大会ではレギュラーメンバーに誘われ、 陸上競技大会では選抜に推薦され、 文化祭では実行委員に推薦され、 中庭のステージに立つこともあった。 そこ属していた理由はひとつ、「背が高かったから」である。たったそれだけで、あらゆることに誘われ、都度声を掛けられていたことは幸運だとは思う。 そこに行きたくて行ったわけじゃなく、何かを主張したわけでも、誰かを引っ張ったわけでもない。 ただ、身長が平均より少し上で、"少し目立っていた"だけの話。学生の脳なんてごく単純なものだよね。 それだけで、人生の席は自動的に決められていた。 人格でも、能力でもなく、骨格によって決まる席。 人類の評価制度として、これほど原始的なものもないなと思う。 ただひとつ、よく考えなくともわかることは、 グループの中で、僕はずっと「何も持っていなかった」ということだ。 こんなことを当時から考えながらも、 中学に入ったばかりの頃、 そして高校に入学したばかりの頃、 僕は一応、集団になじもうと努力した側の人間だった。 クラスの輪の中に入り、話題に合わせて笑い、 わからない芸人のネタも、興味のないテレビ番組も、 とりあえず「知っているふり」をした。誰かがふざけてみんなが笑ってても、全然面白くないのに。 休み時間もできるだけ一人にならず、 誰かの隣に座り、沈黙が続けば、無難な話題を探す努力もした。 ちゃんと「普通の学生」をやろうとしていた。 ところが数ヶ月もすると、身体のほうが先に拒否を始め出すんだよね、不思議なことに。 

集団不適合者の学生時代の話
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黒野京

マルチクリエイターアーティスト。 イラスト、動画、モデルetc

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