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第五話 エピローグ『阿吽の絆』
著:古樹佳夜
絵:花篠
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◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆
存在が消えかかった阿文をなんとか救い出した吽野は
神社で満月と別れた後、不思議堂に帰ってきたのだった。
吽野「ただいま〜……。ようやく不思議堂に帰ってこられたね……って、うわあ〜そうだった、玄関!あーあ……風通しが良くなっちゃって」
二人の目の前には、粉々になった玄関扉があった。
ガラスは砕け、木枠はひしゃげ、ひどい有り様だ。
阿文「これ、蹴破ってないか? まさか強盗に入られたのか」
吽野「いや、ちがうんだ。満月(みつき)って奴の仕業だよ。たく、派手にやってくれたな。明日修理業者を呼ばなくちゃ」
阿文「満月……あの、僕を助けてくれた陰陽師の男か」
阿文にとっては、神社にて初めて会う男だった。
その風貌は暗くてよく見えなかったが、
いかつい大男だったのは確かだ。
吽野「そうそう。ちょっと強引な手段だったけど、あいつが居なければお前を助けることはできなかった」
阿文「なら、これくらいはおおめに見よう。命の恩人だからな」
吽野に説明されてわかったことだが、
満月は、いかつい見た目によらず、親切な人間であるらしい。
見ず知らずの自分を助けてくれたなんて、と、
阿文は感謝せずにはいられなかった。
話をしながら、
二人は玄関扉……だったものを跨いで、店の中へ入った。
吽野「それにしても、俺たち、懐かしい格好になっちゃったね〜」
阿文「主人様にお仕えしていた頃のままだな」
吽野「おや、ちゃんと記憶も戻ったんだね、『阿行』」
阿文「ああ、我々のあるべき姿も、背負っている使命も、しっかりと取り戻したぞ。『吽行』」
吽野「なによりだ」
阿文が吽野に向かって微笑むと、吽野はニヤリと笑い返した。
その表情は、ようやく相棒が戻ってきたことによって満足げだ。
吽野「それにしても、ここに至るまで、苦労の連続だったなぁ」
阿文「……そうか?」
吽野「大江山のことをよーく思い出せ。酒呑童子にしこたま酒を飲まされて、俺はお前を担いで山道駆け上がったんだぞ!」
阿文「あの時は、僕に『件(くだん)』が取り憑いたんだったな。まるで今回のように……」
阿文は思い出し、うんうんとうなずく。
吽野はさらに思い出す。
吽野「それから、海辺のレストランで人魚に追いかけられたり……」
阿文「レストラン龍宮か。人魚の生き血を飲まされ、不老長寿にされそうになった」
吽野「そんなことしなくても、俺ら不老不死みたいなものだけど」
阿文「いやいや。僕は今回、危うく存在ごと消滅しそうになった。身をもって、命の大切さを知ったよ」
吽野「そういえば、あのレストラン、まだ開いてるのかな?」
阿文「訪れたのは大正時代くらいだったか。潰れていないといいが」
吽野「経営してるのが不老長寿の人魚なんだもん、まだやってんじゃない?」
阿文「それもそうだ。今度一緒に行ってみるか」
吽野「いいねそれ! あそこ、料理はおいしかったもんね」
龍宮で食べた海鮮やエビフライは絶品だった。
吽野は思い出しながら舌なめずりをした。
それから次々と、遭遇した事件の思い出が蘇る。
吽野「そういえば、平井邸を覚えてる? オカルトの会合に招待されて、気持ち悪い絵を観にいったよね」
阿文「ああ。あったな。あそこでも奇妙なことが多かった」
阿文は懐かしい気持ちになり、相槌を打った。
吽野「そうそう。江戸の町では、狭くて汚い長屋で二人で暮らして……」
阿文「確かに、人間界に身を置くようになってから、様々なことがあったな。危ない場面もあったが、楽しいことも多かった」
満足げに笑う阿文に対し、吽野は怪訝そうに眉をひそめる。
吽野「阿行は昔から楽天的だよね。俺はその真逆。今に至るまで散々苦しんでたよ……!」
阿文「たとえば?」
吽野「俺は物書きの真似事なんて始めちゃったから、毎度毎度、締め切り地獄で……」
阿文「それに関しては、自業自得としか言えないな」
吽野「そりゃないでしょ! 人間のフリのためには、生活費を捻出しなくちゃいけなかったんだから!今の生活は、尊い労働の賜物なんだよ……!」
阿文「締め切りを守れない方が悪い」
吽野「はい、すみません」
阿文「まったく、お前は昔から調子がよくて、いい加減で……」
吽野「う、うん!色々あったけど、ここまでようやく漕ぎ着けた。めでたしめでたしだな」
その時、ノワールが店の奥から現れて、
阿文の足に擦り寄った。
ノワール「にゃーん!」
吽野「あ、毛玉じゃん」
阿文「ノワール! 無事だったんだな〜! よしよし……」
吽野「一足早く不思議堂に帰っていたみたいだな」
阿文「そうか、そうか、ノワール、寂しかったか〜?」
ノワール「にゃ〜ん! ……ゴロゴロ」
ノワールは目を細め、阿文に返事をした。
それを横で見ていた吽野も、ノワールを撫でようと珍しく手を差し出す。
吽野「今回は大活躍していたからな。褒美に撫でてやろう。おーよしよし……」
ノワール「フシャー!!」
差し出された手が気に食わなかったとみえ、
ノワールは吽野を威嚇し、容赦無く指に噛み付いた。
吽野「痛っ! ちょ、飼い主様を噛むな!」
阿文はノワールごと手を振りたくる吽野を気の毒そうに見ていた。
飼い猫にとことん嫌われている様には同情を覚える。
阿文「普段と違う格好をしているし、吽行だとわかならかったんじゃないか?」
吽野「それを言ったら、お前だっていつもと格好が違うじゃない!」
阿文「それもそうか」
阿文は他人事のように言って、黒くてなめらかな背を撫で始めた。
一方の吽野は齧られた手をさすり、ノワールに向かって舌を出す。
吽野「たく、可愛くない奴だよ。大昔におしっこかけてきた恨み、俺は忘れてないからな!」
阿文「どうしてそんなに嫌われているのか」
吽野「ふん、さっぱり身に覚えがないね」
ふと、阿文は気づいた。
阿文「もしや、吽行は『狛犬』だからじゃないか?」
吽野「はあ? それは阿行も同じ――……」
阿文「僕は『獅子』だ」
吽野「え?」
阿文「なんだ、知らなかったのか」
阿文はため息をつき、説明を始めた。
阿文「神社の阿行像、吽行像は合わせて『狛犬』と呼ばれているが、吽行のモチーフは『狛犬』と呼ばれる霊獣、阿行のモチーフは『獅子』という霊獣だ。 だから、僕は獅子で猫科。吽行は狛犬で犬科だ」
吽野「ああ、そういうこと? だから、猫と犬は仲良くなれないってわけ?」
阿文「いや。僕とノワールが仲良しなのも道理だと言いたいだけだ。な〜ノワール!」
阿文がノワールにすりすりと頬擦りすると、
それに応えて、ノワールもザリザリの舌で頬を舐め返していた。
ノワール「にゃ〜ん! ゴロゴロ……」
その様子を見ていた吽野は面白くなさそうに口を尖らせる。
吽野「あーあ。俺たち、……ずーっと神社で隣同士、仲良く並んで過ごしてきたのに、別の生き物だったとはね……」
阿文「そんなにしょぼくれなくとも」
吽野「しょぼくれてない!」
吽野の機嫌をとろうと、阿文は思い出したように話題を変えた。
阿文「……そういえば、主人様はお住まいに帰られたそうだな。我々はこれからどうする?」
吽野「主人様は、また現世に帰ることもあるだろうし、その日まで人間の姿で待機、かな?」
阿文「いつも通りか」
吽野「だね」
吽野はやれやれと息を吐いた。
吽野「それじゃあ、そろそろ人間の姿に戻ろう」
阿文「どうやって?」
吽野「……あれ、どうするんだっけ」
阿文「わからないのか?」
吽野「変化(へんげ)するのが久方ぶりすぎて、忘れちゃったよ」
阿文「では、霊力もみなぎっているし、このままでいいか」
吽野「そうだね。ちょっと体の周りが光っているけど、問題ない……って! ……んなわけあるか!」
阿文「冗談だ」
吽野「……お前、そんなキャラだった?」
阿文「ふふふ。ようやく調子が戻ってきたらしい」
その不敵な笑み、食えない雰囲気、まさに阿行のものだった。
吽野はそれを懐かしく思っていた。
吽野「は〜。なにはともあれ、今日は疲れた。日が昇るまで一眠りしよう」
その時、吽野の懐から、カサリと紙が落ちた。
阿文「吽行、袂から何か落ちたぞ」
吽野「んー? なんだこの紙……」
吽野は床に落ちた紙を拾い上げる。
見覚えのある紙だ。
吽野「あ……この字、満月か? まさか、また霊符を入れたのか?」
阿文「霊符? ただのメモみたいだぞ」
吽野は紙を裏返す。
吽野「……って! またレシートかよ! しかもチューハイ8本も買ってやがる」
阿文「大酒飲みなんだな。満月さんとやらは」
吽野「なになに……。『明後日夕方に、商店街の居酒屋で待っている。三人で、ゆっくり飲もう』だって」
阿文「おお、いいじゃないか」
吽野「飲むのはいいけどさ。こんなの受け取った覚えもないし、いつ入れたんだか……
阿文「口で言わないあたり、奥ゆかしい」
吽野「奥ゆかしいって、恋文じゃないんですけど。まあ、いいや。阿行はどうする?」
阿文「もちろん行こう。ちょうどお礼もしたいと思っていた」
この時、吽野と阿文は知らなかった。
この飲みの誘いがきっかけで、大事件に巻き込まれることになろうとは――……
[了]
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