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【連載物語】不思議堂【黒い猫】~阿吽~/朗読短編【桜川】
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【連載物語】不思議堂【黒い猫】~阿吽~/朗読短編【桜川】

2023-06-20 22:06
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    朗読短編『桜川』

    著:古樹佳夜
    絵:花篠

    本編生朗読のアーカイブは「令和5年4月記」でご覧いただけます!

    吽野:浅沼晋太郎
    阿文:土田玲央
    少年:木島隆一



    ◆◆◆◆◆道・夕方◆◆◆◆◆


    夕方、吽野と阿文は大きな袋を両手にぶら下げて、
    不思議堂への帰路についていた。

    吽野 「ぐぬぬ! 米、醤油、砂糖、塩……!」
    阿文 「大丈夫か、先生」
    吽野 「大丈夫なわけないだろ! 俺の細腕は万年筆しか持てないんだ!それなのに、なんだって、こんな、重いものばかり買い込んだの!一度に無くなったわけじゃないでしょうに!」
    阿文 「先生が買い出しの誘いを何度も断るから、買う物が溜まって一気に買う羽目になる」
    吽野 「もうわかった、早く帰ろう。腕が痺れてきた」
    阿文 「そう言わず、ちょっと寄り道していかないか」
    吽野 「ええ!?」

    ◆◆◆◆◆川沿いの道・夕方◆◆◆◆◆


    吽野 「や〜桜花爛漫! 見事に咲いてるね〜」
    阿文 「ああ。本当に綺麗だ」

    商店街を抜け、促されるまま歩いてゆくこと20分。
    吽野の目の前に桜並木が現れた。
    そこは近くを流れる川辺の道で、
    数キロに渡って桜色の道が続いている。

    吽野 「どこに連れて行かれるのかと思ったけどさ。重い荷物をぶら下げて、遠回りした甲斐があったよ」
    阿文 「だろ? 先生は桜が咲いてることを知らないと思ってな」
    吽野 「いやー、全く知らなかったね。引きこもってたし」
    阿文 「年に一度だ。見頃を逃してはもったいない」
    吽野 「もしや、俺を無理やり引っ張り出したのって……」
    阿文 「たまには花見も悪くないだろう」
    吽野 「粋な計らいだね〜」

    上機嫌に吽野は言った。
    両手の重みを束の間忘れることができたようだ。
    ふと、阿文が足を止める。

    阿文 「みろ、これは立派な樹だ」

    一際大きな桜の木がそびえている。
    その場で、二人は天を仰いで嘆息する。

    吽野 「よし、ここでいいや。どっこいしょ」

    躊躇なく、吽野はどかりと腰を下ろした。
    仰天したのは阿文だ。

    阿文 「おい、どうしたんだ、いきなり座りこんで」

    阿文の質問を適当にいなして、
    吽野は買い物袋をガサガサと漁っていた。
    そして、目当ての一升瓶を取り出した。

    吽野 「花を見ながら一杯やろうと思ってさ」
    阿文 「はあ?」

    阿文は呆れ顔を向けた。

    阿文 「もうすぐ日暮れだ。こんなところで冷えてしまうぞ」
    吽野 「かまやしない。飲めばあったまる」
    阿文 「おいおい、料理酒だぞ、それ」
    吽野 「大丈夫。これは清酒。ほら、さっきお猪口も買ったんだ。いいデザインでしょ?阿文クンの分もあるよ」
    阿文 「……まったく、自分で荷物を増やしておいて、よくもまあ文句が言えたものだ」

    ??? 「やれやれ、飲んだくれか」

    突然、声がした。
    阿文は声のした方を振り返る。が、そこには誰もいない。

    阿文 「ん? 先生、何か言ったか」
    吽野 「いや、何も」
    阿文 「?」

    阿文は首を捻る。
    声は気のせいだっただろうか。

    ??? 「それにしても美味そうな酒だ。分けてくれるだろうか」

    やはり、声が聞こえる。阿文は訝しんだ。
    そんなことは気にもとめず、吽野は酒を飲み始めた。

    吽野 「うまい」
    阿文 「やれやれ……」

    吽野は気持ちよさそうに目を瞑り、盃を空にした。

    吽野 「阿文クン、ご覧よ。この桜、周りよりも色が濃い」

    促されて、阿文は桜を見上げた。

    阿文 「薄桃、いや、薄紅のような、不思議な色だな。品種が違うのだろうか」

    吽野はニタリと笑う。

    吽野 「知ってる? 花が赤いのは、樹が血を吸うからなんだ。桜の樹の下には死体が埋まっているらしい」
    阿文 「それは小説の話だろう」

    ??? 「本当に埋まってるんだけどね」
    阿文 「冗談を言うな。騙されないぞ」
    吽野 「阿文クン、誰と会話してるの」
    阿文 「はあ? 誰って……」

    阿文は、ふと振り返る。隣にいるはずの吽野がいない。
    確かに、隣から声がしたように感じたのに。
    慌ててあたりを見回すと、吽野は川に向かって千鳥足で歩んで行った。

    阿文 「おい、先生こそ何してるんだ!」
    吽野 「いや〜桜の花びらが川面に浮かんで、川を横切る橋みたいでしょ。あっちの岸まで、歩いて渡れそうだな〜って」

    ほろ酔いの吽野はヘラヘラ笑っている。片足は水の中に入ろうとしていた。

    阿文 「危ない!」

    冗談ではないと、阿文が尖った声を発し、
    吽野の腕を強く引いた。
    吽野は大袈裟な……と少しよろけながら岸に上がる。

    ??? 「溺れて死ぬぞ、酔っ払い」

    いよいよ、吽野の声ではない。
    確信を得た阿文は声の主に呼ばわる。

    阿文 「誰かいるのか?」
    ??? 「ここだよ。頭の上」

    見れば、桜の木の枝に少年が座っている。
    少年は和服を着て。色は白く、ほっそりとした印象だ。

    吽野 「そのガキ、誰? 阿文クンの知り合い?」
    阿文 「いや、違うが……。君、そんな細い枝に座って、落ちたら怪我をするぞ。降りてきなさい」

    少年 「僕は大丈夫だ」
    心配いらないと呟くが、阿文が承知せず、
    彼を心配そうに見つめるので、
    少年はすごすごと、地面におり立った。
    不思議な少年を前に、吽野も首を傾げる。

    少年 「それより。その酒、供物か?」
    吽野 「は?」

    少年が指さしたのは、木の幹に立てかけられた、一升瓶だ。

    少年 「あれ、僕にもくれないか」
    吽野 「子供に酒なんてやれるか。お家に帰んな」

    しっし、と吽野は犬でもあしらうように少年を無下に扱う。

    少年 「ちぇ、あんたたちだけずるいぞ」

    阿文 (酒を欲しがるなんて妙な子供だ。それに、近所に住んでいるのか? 今時、和服とは珍しい……)

    少年はなおも食い下がった。

    少年 「なあ、桟敷料のかわりでいい。お猪口一杯だけ飲ませてくれ」
    吽野 「ダーメ。お前にはまだ早い」
    少年 「ケチくさいやつだ! 一緒に飲めると思ったから、花の宴に招いてやったのに」
    吽野 「花の宴だって?」
    少年 「ああそうだ。この樹の周りに他人が来ないよう、結界を張った。ここは僕たちだけの特等席だぞ」
    阿文 「君はいったい……」

    少年 「僕はこの川の主。形(なり)は子供だが、歴とした龍神だ。普段は水の中に棲んでいるが。春だけ特別だ。こうして、陸に上がって、花見を楽しんでいる」

    どうやら少年は、吽野と阿文が自分の『お仲間』であると知って、
    わざと宴の席に二人を呼び寄せたらしい。

    吽野 「龍神ねえ。まあ、そういうことなら。ほれ、一杯」

    主ともあれば、丁寧に扱わなければと吽野は思い直した。

    少年 「おお! ありがとう」

    少年はお猪口を受け取り、酒をちびちびと舐め始める。

    吽野 「お前、もとは蛇か? それとも、鯰(なまず)か?」
    少年 「そのどちらでもない」
    吽野 「なにそれ、クイズ? 正体を教えてよ」
    少年 「先代は大鯰(おおなまず)だった。それが寿命で死に、川が荒れたので僕が引き継いだ」
    吽野 「わかった。お前は……亀でしょ!」
    少年 「亀? そう見えるのか、この僕が」
    吽野 「違うのか」
    少年 「全然違う。もとは別の場所に暮らしていて――」
    吽野 「あー! わかった! ブラックバス!」
    少年 「外来種って意味じゃない!」
    吽野 「え〜? むずかし〜」

    吽野の顔はほんのりと赤く、呂律も怪しくなってきた。

    阿文 「先生、飲み過ぎじゃないか」

    阿文が嗜める。しかし、酒を舐め終わった少年が、
    吽野にお猪口を差し出した。

    少年 「おい、そんなことよりも、もう一杯くれ。いい酒だ」
    吽野 「あはは〜、結構いけるくちだね。酒呑童子には負けるけど」
    少年 「噂に聞く大江山の鬼か。あんたたち、知り合いなのか?」
    阿文 「以前にな」

    話を続けようとした阿文の横で、吽野はとうとう一升瓶を空けてしまった。
    まるで水でも飲むような勢いだ。

    吽野 「ねえ、こっちの料理酒も飲んでいい?」
    阿文 「いいわけあるか」

    少年 「あんたの連れは、愉快だな」

    二人のやりとりを聞いていた少年の表情は綻んだ。

    阿文 「ただの飲んだくれだ」
    少年 「違いない」

    阿文 「そういえば、聞いても?」
    少年 「なんだ」

    阿文はちらと少年を見て、恐々と切り出した。

    阿文 「ここに死体が埋まっているというのは……」
    少年 「ああ、そのことか」

    何かを思い出しているように、少年は川面を見つめた。

    少年 「昔、この川はよく氾濫し、橋を架けてもすぐに流されてしまっていた。ところが、近くの集落にとって、対岸に渡れないことは死活問題だった。困った住民は、人柱(ひとばしら)を立てることにした」
    阿文 「人柱……つまり、人間の生贄か」
    吽野 「城やら橋やら建築をするときは、よくあったんだよね。前時代の悪習って感じ」
    少年 「まあ、おかげで丈夫な橋が完成したってわけだ」
    吽野 「実際そういうのを喜ぶ神様がいるもんね〜」
    阿文 「僕らの主人は違うがな」

    勢い込んで、阿文は口を挟んだ。少年は「いい主人なのだな」と
    笑顔を作った。

    少年 「そんなことがあったので、この桜の樹は、供養として植えられている」
    阿文 「つまり、木の下に死体を埋めたんじゃなくて、死体の上に桜を植えたってわけか」
    吽野 「でも、肝心の橋がないじゃん」

    少年は「そうなんだ」と頷く。

    少年 「ずいぶん前に老朽化して取り壊されたんだ。今じゃ向こう岸の集落も無くなったし、川に架かるのは花びらの道だけ。そこを渡るのは鴨の親子くらいだよ」
    阿文 「先生も渡ろうとしていたが」
    吽野 「まさか、してない!」
    阿文 「してたぞ」

    吽野は酔っている自覚がないようだ。

    吽野 「でもさ〜この桜にそんな曰くがあるなんて。人柱の恨みがこもっているとか、怖い想像しちゃうんだけど……」

    少年 「べつに、今更恨んでないよ。埋められる前は御神酒もしこたま飲んで、見たことのないご馳走もたらふく食べたんだ。そうだ、あのぼた餅、あれも美味かったな」

    吽野 「え?」
    阿文 「もしかして君が……」

    一陣の風が吹いた。
    幾重にも重なる桜の枝がすれあって、さわさわと音を立てる。
    花びらが宙を舞う。

    少年 「じきにこの桜も散る。そうなったら、僕は川に戻らなくちゃ。この姿でいられるのは、桜の咲く時だけだ」


    徐に少年は立ち上がった。
    吽野は、この少年の正体がわかったような気がした。

    少年 「なあ、来年もこの桜を目印に、宴に来てくれるよな」
    吽野 「もちろん。次はこれ以上のいい酒を用意してくる」
    阿文 「僕も、ぼた餅を作って持ってこよう」
    少年 「楽しみだなぁ」
    吽野 「じゃあな」

    風が花びらを散らし、視界が桜色に染まる。
    花霞で、対岸が花でけぶるようだ。
    吽野が、すがめた目を開いた時には、少年は姿を消していた。
    川面には小さな波紋が見えただけで、
    それもあっという間に川の流れに溶けてしまう。

    吽野 「花の宴もお開きか」

    名残惜しそうに吽野が呟く。

    阿文 「人柱が龍神になるなんて、珍しいのではないか」
    吽野 「だろうね。あいつ、相当川の主に好かれたんだろう」
    阿文 「年に一度の飲み友達が見つかって、よかったな、先生」
    吽野 「そうだね。ここは花見の特等席だしね」

    吽野は空の一升瓶を袋に戻して立ち上がった。
    そしてゆっくりとした歩調で歩み出す。
    二人は春の宵を満喫しながら、不思議堂への帰路についたのだった。


    [了]
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    ■『不思議堂【黒い猫】~阿吽~』 連載詳細について

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