記事へ戻る 小原信治さん のコメント 小原信治 >>1 悲しみはともかく、憎しみは伝えたくないですよね。広島や長崎に行って原爆の爪痕や歴史的資料に学ぶことはありますが、 そこでアメリカに対する憎しみを受け取って来ることはないですもんね。 No.2 94ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 「3.11を知らない子供たち」 ちょうど1年前の3月 11 日午後2時 46 分、僕は産婦人科にいた。妻が初めての診察を受けているとき、待合室の小さなテレビで追悼式典の中継を見ながら亡くなられた尊い命に手を合わせてから、宿ったばかりの新しい命に逢いにいった。命の連鎖というものを強く感じた瞬間でもあった。 草の根広告社 『草の根広告社』は、放送作家を生業とする僕が、2004年からとある番組サイトで日々の想いを徒然なるままに綴って来た「人生日誌」です。大都市東京の通勤圏にある海辺の小さな町「秋谷」で暮らしている現在は、本業の傍ら、浜でビーチグラスを拾い、畑を耕し、海沿いを走りながらの日々の思索と 「海辺暮らしのミニマリズム」について書いていこうと思います。ともに掲載する「海と空の写真」が読んで下さる方の深呼吸になればと願っています。 » このブロマガへ
小原信治 >>1 悲しみはともかく、憎しみは伝えたくないですよね。広島や長崎に行って原爆の爪痕や歴史的資料に学ぶことはありますが、 そこでアメリカに対する憎しみを受け取って来ることはないですもんね。 No.2 94ヶ月前 Post このコメントは以下の記事についています 「3.11を知らない子供たち」 ちょうど1年前の3月 11 日午後2時 46 分、僕は産婦人科にいた。妻が初めての診察を受けているとき、待合室の小さなテレビで追悼式典の中継を見ながら亡くなられた尊い命に手を合わせてから、宿ったばかりの新しい命に逢いにいった。命の連鎖というものを強く感じた瞬間でもあった。 草の根広告社 『草の根広告社』は、放送作家を生業とする僕が、2004年からとある番組サイトで日々の想いを徒然なるままに綴って来た「人生日誌」です。大都市東京の通勤圏にある海辺の小さな町「秋谷」で暮らしている現在は、本業の傍ら、浜でビーチグラスを拾い、畑を耕し、海沿いを走りながらの日々の思索と 「海辺暮らしのミニマリズム」について書いていこうと思います。ともに掲載する「海と空の写真」が読んで下さる方の深呼吸になればと願っています。 » このブロマガへ
悲しみはともかく、憎しみは伝えたくないですよね。広島や長崎に行って原爆の爪痕や歴史的資料に学ぶことはありますが、
そこでアメリカに対する憎しみを受け取って来ることはないですもんね。
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