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記事 4件
  • She said, I said. #6

    2012-09-28 03:47  
    110pt
    更新が遅くなりました。今回は哲哉の妹・由紀が登場します。自分ではけっこう気に入っているキャラ造形。 窓際の柱の真後ろという、学生なら誰もがあこがれる特等席に座る春香が授業中に何をしているかといえば、ノートをとるでもなく寝るでもなく、ひたすら図書室から借りた本を読むのだ。堂々と机の端に三冊くらい積み上げたりして、片っ端から読む。日がな一日読む。読んだそばから返してはまた借りているので、常時五冊くらいは図書室の本をキープしている。そんなことになっているのはもちろん祐介さんの英才教育の賜物なのだが、この女、読んだものが頭の中身にろくに反映されないという特異な性格をしている。だから偏差値は五九だし、『檸檬』は読めるのに『包茎』が読めないし、ツルゲーネフとドストエフスキーとトルストイを登場人物の名前まで含めてごちゃごちゃに覚えている。これが本当の活字バカだ。
     そして五限目の古文を、春香は村上春樹の『パン屋再襲撃』を読んで過ごしている。よりによってその本か、と左斜め二つ前の彼女を見ながら思う。以前読んだことがあるが、「ファミリー・アフェア」という仲の良い兄妹の話が収録されているのだ。そして村上春樹だから当然のごとく性的な内容になるわけで、ほらケータイにメールが届いた。
    『アンタ去年コンドーム買ったの?』
     額を机に打ち付けそうになった。春香の様子をうかがうと、口を尖らせ、不機嫌そうに僕を横目でじろり。説明しておくと「ファミリー・アフェア」には、兄が一七歳のときにコンドームを買ったことを妹が知っており、妹が一九歳のときにレースの下着を買ったのを兄も知っているという記述がある。それが春香の手にかかればこういうメールが生まれるわけ。
     となれば返信は決まっている。
    『お前は来年レースの下着買うのか?』
    「買うか変態ッ!」
     春香が真っ赤になって叫び、教室中の目が集まった。
    「有原ぁ、本は好きなだけ読んで構わんが声に出さなくてもいいぞぉ」
     古文の教師がのんびりと言って皆が笑う。僕を睨み据えながら縮こまる春香。言動は常に意味不明な女だがこういう反応は極めて読みやすい。なにしろバカだから。
     

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  • She said, I said. #5

    2012-09-20 09:52  
     今回は短い章なので、「ココマデ」はナシにして無料公開にしてみます。もう少し草薙君がモテる理由を「描写」すべきだった、というのが、ありがちな反省点。
     高村と二人で中庭を横切る。
    「……あのさ、あの地下室のことは」
    「言わないわよ。生徒会には筒抜けだけど、一応機密事項扱いですから」
    「FSBかGPUか、ウチの生徒会……」
    「それにね、」
     高村は僕より半歩前に出て、
    「室見先輩の言うこともわかるの。三つくらい隠れ家が残っていたほうが精神衛生上いいわ」
    「ムロさんがいても?」
    「あんな人だけど、たぶん一線はわきまえていると思う。猫と遊んでいる感じなんじゃないかしら、室見先輩にしてみたら」
    「だからあんなに無防備というか、アレなのか」
    「猫にパンツ見られても害はないものね」
     僕は仏頂面でペプシの残りを飲み干す。
    「いったいどこまでヘタレスケベだと思われているんだ俺は」
    「じゃあ女殺しと思われ

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  • She said, I said. #4

    2012-09-12 22:52  
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     メンヘルは遠きに在りて思ふもの 詠み人知らず
     学校中に設けた隠れ家はこの二年ちょっとでことごとく春香に発見されているが、数少ない未探知スポットのひとつが部室棟の端、電波研の地下室だ。
     そろりと部室に入り、テーブルの下に潜りこんで床板を外し、梯子を降り、
    「来るころだと思ってた」
     後ろから声をかけられて転げ落ちた。
    「来てたんですか、ムロさん」
     身を起こしながら、声の主――電波研先々々代部長・室見夕子さんを見遣る。裸電球に照らされたムロさんのほっそりした顔が微笑み、
    「校庭のスピーカーからここまで赤ちゃんの声が聞こえてきたもの」
     と天井を顎で指す。そこには巧妙に偽装された通気口がある。「赤ちゃん」とは無論ベイビーではなく「白ちゃん」に代わる春香の渾名だ。僕としては前者の意味も込めたいところだが。
    「今日はバイトはないんですか?」
     パイプ椅子に腰を下ろしつつ問うと、
    「行く途中でメンヘってきたから欠勤連絡入れてここで休んでた」
     向かいのパイプ椅子に座るムロさん、だらりと力を抜いたまま答えた。再度用語解説、「メンヘる」とは彼女の数多い造語のひとつで、つまり出勤中に鬱に襲われたというわけだ。たぶん、家を出て一〇〇メートルくらいで。
    「こんな暗いところにこもってたら余計メンヘりますよ」
    「これくらいがちょうどいいの。わたしは闇に隠れて生きる妖怪人間だから」
     ムロさんはパイプ椅子の上で体育座りになり、顔を膝にうずめる。僕は目をそらす。
    「行儀悪いです。春香や由紀じゃないんだから、」
    「パンツが見えるような格好するなって?」
    「……しないでください」
    「ふふ」
     くぐもった笑い声。脳内から黒いショーツの映像を削除しつつ思う。どうして俺の周りには奇矯な女ばかりいるかなァ。

     

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  • She said, I said. #3

    2012-09-04 17:14  
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    この章以降いろんな固有名詞が登場しますが、それにしても書き手の趣味があまりにもダシマルですね。 ところで今日は月末の金曜日であり、一般的な高校生ならば、五日間の苦行の終わりだァ早く授業終われ早く授業終われ早く授業終われだらだら喋ってんじゃねえこのクソ教師、などと朝から教壇に向かって念じ続けたりもしようが、僕は現在一刻も早く昼休みが終わってほしい。
    「そろそろか」「そろそろね」「そろそろ」「そろそろ」「そろそろ」「そろそろだな」
     クラス中のさざめき――実のところ全校規模なのだが――の中、隣で黒木が言う。
    「……ああ、そろそろだよ」
     プチトマトを噛み潰しつつ苦い顔になる。トマト自体あまり好きではないが約一分後に始まるアレを考えると余計にまずい。
    「そんな顔するなよ、アレのおかげで月の最後が潤うんだぞ」
    「俺は枯れ果てる」
     肉じゃがをつつきつつ黒木に答え、
    「おいおいその歳で腎虚かよってッ」
     食事時に下品な冗談を飛ばした者に女子から発射されるスカッド消しゴムミサイルを後ろの伊瀬が喰らい、
    「水墨画でも描こうかなァ」
     母親が執拗に投入する梅干し爆弾を撤去しながらぼやいて、
    『ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぱーん! 赤い彗星ハルカのォ! ジェット・ストリーム・アフタヌーン!』
     浅倉大介のインスト曲をバックに従えた大音声がスピーカーから轟き、僕は梅干しを取り落とす。
    『月の終わりに溜まった疲れをぶっ飛ばす! 名誉放送委員長・有原『赤い彗星』春香がお送りする三十分のウルトラリラクゼーションタイム! 六月水無月ジューンも終わりですね、ろくに雨も降らないうちにもう真夏みたいな暑さでイヤんなります! 校長先生は至急校門から校舎までの無駄な上り坂に動く歩道を設置してくださいッ! 時速三十キロの!』
     ドッ、と湧き上がる教室。同時多発的に校舎中から笑い声が起こって共鳴している。
    『一年生のみんなにはこの放送は三回目ですね、もう慣れたかしら? 月末の金曜日はあたしが昼休み中DJやります! そこ、受験生がそんなことやってていいのかとか言わない! 最近はがんばって勉強時間延ばしてるんだからね! 前年度比五〇%増の一時間半! ちなみに一年生のころは五分で飽きて本読んでましたッ、くたばれ数学!』
     異議なーし、と一部生徒から妙な気勢。全共闘かよ。
    『二年生のみんな、そろそろ学生生活ドロップアウトしかけてる人もいるんじゃないかな? ダメよォそんなんじゃ、部屋にこもって2ちゃんねるで顔も名前も知らない相手と馴れ合ってても何も生まれないわ! やっぱりナマのお付き合いをしないとね、ってそこニヤけない! ヘンな意味じゃないわよ!』
    「てめえで言ってりゃ世話ねえよ」
     なんとなくご飯をザクザク突き刺しながらうめく。伊瀬に対する先制攻撃のトマホーク消しゴムミサイルが飛来するのが見えた。
    『そして三年生のみぃんなァ、来月の期末を終えればいよいよ受験の夏日本の夏天王山デザートストームですッ! あたしも勉強時間を一時間四十五分に大出血延長してクーラー当たりながら乗り切ります! 敵は強大ですが正義は我らにありッ! ジーク・ジオン!』
    「ジーク・ジオン!」
     黒木を筆頭とする三年四組のガンダムオタク『黒い三連星』が唱和して女子の冷たい視線を浴びる。女子のガンダムオタク筆頭はほかならぬ春香なのだが。
    『いつも通り、ケータイメールでお便り受け付けます! アドレスは、えいちえるけー・あんだーばー・あかいすいせい・あっとまーく・いーじーうぇぶ・どっと・えぬいー・どっと・じぇーぴー! じゃんじゃん送ってきてね! それでは今日はこの曲から、Iceman『GALAXY GANG』!』
     春香のおかげでこの学校に知らぬ者はいなくなってしまったIcemanを聴きつつ、しばし回想する。哲学的頭痛とともに。
     外装と裏腹に内部設備があちこちボロいこの高校には二つの自動販売機が存在する。ひとつは一本一二〇円でドクターペッパーが三つも並んでいる悪趣味な代物、通称「アメリカ」。もうひとつは一本一〇〇円でペプシのロング缶が二本並んでいるため前者より圧倒的に人気があるが、時々飲み物が出てこないことがあるこれまた困った代物、通称「ロシア」。元々ロシアン・ルーレットと呼ばれていたらしいが僕たちが入学した頃にはすでにこの名前だった。
     ロシアに金を喰われたときは、一定の衝撃を加えると運がよければジュースが転げ落ちてくる。衝撃を加える方法には殴る蹴るバンバン叩くなど各種あるが、成功したあかつきにはすべて「ロシアバスター」と呼ばれ、高確率でこれをこなす者は「ロシアマスター」と称される。
     そして春香こそは、一年の四月半ばからロシアマスターに君臨し続ける猛者であった。入学して一週間と経たないある日の昼休み、三年生がロシアの前で困っているのを目にした彼女は渾身の廻し蹴りを敢行、初対決にして見事にウーロン茶をゲットしたのである。それはいいものの、高校デビューといきまいて校則違反ギリギリの短いスカートをはいていた春香は純白のショーツをギャラリー全員に披露することになり、呆れかえる僕の隣で黒木がぼそっと呟いた「連邦の白いヤツ」が人口に膾炙、ロシアマスターよりはむしろ「連邦の白いヤツ」「白い人」「白い子」「白先輩」という、次第に原形をとどめなくなっていく通り名で呼ばれていた。それだけ出撃回数が多かったわけで、
    「白ちゃん白ちゃん、今すぐロシアまで来てください」
     などと奇ッ怪な放送が休み時間に流れ、肩を鳴らしながら颯爽と出て行く春香のあとをなんとなくついていく僕と伊瀬と黒木、というのもよくある光景だった。
     

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