あけましておめでとうございます。
昨年決めた目標を何一つ達成できなかった気もするのですが、本年もマクガイヤーチャンネルを何卒よろしくお願いいたします。
マクガイヤーチャンネルの今後の放送予定は以下のようになっております。
〇1月12日(月)19時~「最近のマクガイヤー 2026年1月号」
・時事ネタ
・『UFO山』
・『冒険者たち ガンバと7匹のなかま』
・『ワーキングマン』
・『ALL YOU NEED IS KILL』
・『ロストランズ 闇を狩る者』
・『おくびょう鳥が歌うほうへ』
・『エディントンへようこそ』
・『ダーティハンター』
・『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』
・『マッド・フェイト』
・『よあけのうた』
・『シャドウズ・エッジ』
・『KILL 超覚醒』
その他、いつも通り最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。
〇1月25日(日)19時~「スーパー戦隊が終わる時、俺たちの人生も終わる 『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』は何がナンバーワンだったのか?」
2025年2月より放送が始まった『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』はスーパー戦隊シリーズ第49作目にして50周年記念作品として始まりました。井上家三代目の脚本家である井上亜樹子がメインライターを務めることも話題でした。
その後、キャストのスキャンダル、スーパー戦隊シリーズ自体の終了(レギュラー放送の終了だそうですが)、今森茉耶の降板と、シリーズのファンだけでなく世間一般も賑わせるようなニュースが報道されました。「スーパー戦隊」が世の中でこれだけ認知されているということに、今更ながら驚いたものです。
その後、志田こはくのシリーズ再登板により、番組のピンチは救われたようにみえます。『ゴジュウジャー』のみならず『スーパー戦隊』という物語は収まるべきところに収まっていく……そんな感慨さえ抱くような昨今です。
そこで、放映終了を前に『ゴジュウジャー』と『スーパー戦隊』シリーズを総括するような放送を行います。
ゲストとしてお友達のナオトさん(https://twitter.com/Triumph_march)と虹野ういろうさん(https://x.com/Willow2nd)をお迎えしてお送り致します。
〇藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄の作品評論・解説本の通販をしています
当ブロマガの連載をまとめた藤子不二雄Ⓐ作品評論・解説本『本当はFより面白い藤子不二雄Ⓐの話~~童貞と変身と文学青年~~』の通販をしております。
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また、売り切れになっていた『大長編ドラえもん』解説本『大長編ドラえもん徹底解説〜科学と冒険小説と創世記からよむ藤子・F・不二雄〜』ですが、この度電子書籍としてpdfファイルを販売することになりました。
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合わせてお楽しみ下さい。
さて、本日のブロマガですが、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』と太田垣康男について書かせて下さい。ニコ生でも話しましたが、単行本最終巻も発売されたことですし、太田垣康男が『サンダーボルト』という物語で何を描きたかったかについてまとめておきたいです。
●俺なりの『ガンダム』
『機動戦士ガンダム サンダーボルト』で太田垣康男が何を描きたかったのかというと、答えははっきりとしています。一にも二にも「俺なりの『ガンダム』」です。
ルネッサンスの時代に芸術家として生まれたならば、誰もがいつかは「俺なりの「キリスト」や「俺なりの聖母マリア」やあ「俺なりのギリシャ・ローマ神話」を形にしてやろうと思っていたはず……というのは、説明するまでもないと思います。
そして現在、オタクなクリエイターとして生まれたならば、誰もがいつかは「俺なりの『ゴジラ』」、「俺なりの『仮面ライダー』」、「俺なりの『ウルトラマン』」、「俺なりの『スーパー戦隊』」そして「俺なりの『ガンダム』」を作ろうという野心を抱いているはず……というのも、説明するまでも無いはずです。『シン・ゴジラ』や『GQuuuuuuX』がそれですが、著作権や版権の問題から時に『ドラグナー』や『AΩ』や『ボイスラッガー』になったりします。また、欧米だとこれが「俺なりの『DUNE』」や「俺なりの『指輪物語』」や「俺なりのスーパーヒーロー」になります。
それでは、太田垣康男にとっての「俺なりの『ガンダム』」とは何なのか。それは「青年漫画的手法で描くSF漫画としての『ガンダム』」ということになります。
太田垣は尾瀬あきら、山本おさむのアシスタントを経験した後、漫画家としてデビューし、『漫画アクション』で『一平』を93年から約4年間、『モーニング』で『一生!』を98年から約1年間連載しました。いずれもSF漫画ではなく、剣道と警察官、あるいはプロテニスプレイヤーと闘病生活をテーマとした青年漫画です。太田垣のバックグラウンドは青年漫画にあります。つまり、隔週あるいは月刊ペースで、1話8ページや16ページではなく数十ページを用い、子供ではなく青年を主人公としたセックスも死もある話を描いてきたわけです。
そして、太田垣は青年漫画の世界でSF漫画を描こうという野心を持っていました。つまり、星野之宣の『2001夜物語』のような漫画ですね。01年より本格SFにして太田垣なりの宇宙開発史である『MOONLIGHT MILE』の連載を始め、これは10年を超える長期連載となりました。
すなわち、『MOONLIGHT MILE』の手法で『ガンダム』を描いたのが『サンダーボルト』になります。
太田垣が『サンダーボルト』で何をやりたかったのかは、単行本第一巻を読むだけでみてとれます。
宇宙空間では音がしない(巻を経るに従ってこの原則は崩されますが)。MSにはサブアームがつき、無重力空間での運用を前提としている(あまりサブアームをつけすぎると人型の意味が無くなりますが、代わりにサイコ・リユースシステムを考え付いたのが上手いところです)。宇宙空間での戦闘では、敵の攻撃で死ぬ恐怖と同じくらい、宇宙空間を漂流する恐怖がある。『ガンダム』本編のキャラクターは基本的に登場しない(「ザビ家」といった名称のみが最小限使用される)代わりに、組織や体制には第二次大戦~現代までを見越したリアリティがあり、戦争という大局で個人の幸福が犠牲になっていく――つまり、青年漫画的手法で描くSF漫画としてのMS・戦艦・宇宙戦争描写です。
太田垣はこれを思う存分やりきるために、本編として単行本27巻分を費やすと共に、外伝として単行本5巻までをも描きました。コーネリアスやカーラのように、戦争で人の死を目の当たりにして行動が全く変わってしまう(実のところ価値観は変わっていない)キャラクターの帰結や、宇宙戦や水中戦における「ガンダム」への新たなリアリティの導入(特に『戦闘糧食』での宇宙空間における調理から食事までの描写)が、特筆すべきところといえましょう。

『MOONLIGHT MILE』での描写から「太田垣はガンダムが嫌いなのではないか」と噂されていたことが嘘のようです。
●二人の男が戦い合うことによるナラティブ
『サンダーボルト』は、イオとダリルという二人の主人公が戦い合うことにより物語が語られます。イオとダリルそれぞれの視点でのお話が交互に語られつつ、要所々々で二人が顔を合わせ、闘いが描かれます。
これは『機動戦士ガンダム』がアムロとシャアという二人の主人公が戦い合う物語だったことに影響を受けていると考えられますが、そもそも太田垣は『MOONLIGHT MILE』を吾郎とロストマンという二人の男が時に助け合い、時に戦い合う物語として描いていたのでした。SF青年漫画は伝統的に欧米の大作映画から強い影響を受けていますが、『眼下の敵』からイーストウッドの硫黄島二部作までの双方の視点を公平に描く戦争映画や、どんな話でも二人の男が戦いあうことにより物語を語るリドリー・スコット等の流れを汲んでいるわけです。
もっといえば、全体として「二人の男が戦い合う」物語でありつつ、各エピソードでも別の組み合わせで「二人の男が戦い合う」お話を配するという、まるでオペラやクラシック音楽のような構成をとることが、これまで多数の連載作品をこなしてきたベテラン漫画家太田垣の特徴でもあります。
たとえば『MOONLIGHT MILE』5巻では、米宇宙軍に所属するロストマンと中国宇宙軍のツェン・リーによる人類初の有人宇宙戦闘が描かれます。

宇宙戦闘機でやりあった後、戦闘機の中でも無重力化で殴り合う姿が実に青年漫画という感じです。
二人は無事地球に帰還するために休戦協定を結び、一時協力しあいます。しかし所詮は国民国家の下にいる職業軍人、国家に囚われた二人の間に友情が芽生えるわけではなく、二人は太平洋上の救命ボートの上で救助を待つ間、いずれどこかの戦場で決着をつけることを確認し合うのです。

その後も二人は物語の登場人物として関わりあいますが、人間同士として和解することは決してありません(物語はまだ終わっていないのでまだ分かりませんが)。『MOONLIGHT MILE』におけるロストマンとツェン・リーの関係性は、『サンダーボルト』におけるイオとダリルのそれの原型のようです。
●太田垣康男は答えを知っている
「死ぬまで戦い合う二人の男」という物語は、現実の反映だとしても、はっきりいって読むのは辛いわけですよ。特に、ウクライナやパレスチナやその他で現実に国家に囚われた人間同士が戦い合い、殺し合う中で、このような物語は辛すぎる。
フィクションは現実に対抗する手段である――というのがフィクションの存在意義の一つであるわけです。ならばどのような物語を紡ぐべきなのか。実のところ、太田垣は、『サンダーボルト』の最初期からその答えを知っています。
まず外伝の第一話「サンダーボルト放送局」では、ザクの撃墜に成功したものの乗機ジムの損傷で生命の危機に陥った連邦軍パイロットであるリチャード・シムズ少尉が、損傷したザクから酸素ボンベを奪うかどうかの選択を迫られるというお話です。ザクのパイロットであるジオン軍のバーンズ大尉は負傷して意識を失っているもののまだ生きており、酸素ボンベを奪えば確実に死にます。さっきまで殺し合っていた敵なので、自分が生き延びるために死んでも――殺しても構わないわけですが……というお話です。

結局、リチャードはジオン軍の捕虜になる代わりに二人とも助かる道を選びます。「何故、俺を助けた?」というバーンズの問いに、リチャードはサンダーボルト放送局のラジオに聞き入っていたからと答えます。このシーンは、本編でイオがサンダーボルト放送局のラジオをBGMにジオンのMSとパイロットを殺戮しまくることの対になっています。
『サンダーボルト』最終巻である27巻は、最終決戦が終わった後、それぞれのキャラクターがどのような人生の道を選択したかというエピローグを集めたものとなっています。
そのうちの一編「シャンチー」は、南洋同盟の少年兵チャウ・ミンのエピローグであると共に、外伝の登場人物であるリチャード(とバーンズ)のエピローグでもあるとのです。
最終決戦でソーラ・レイ照射に巻き込まれたチャウ・ミンですが、ジムコマンドで参戦していたリチャードに助けられます。捕虜収容所でバーンズに助けられたリチャードは、その恩をどこかで返したいとずっと思っていたのでした。
リチャードはチャウ・ミンにシャンチー(東アジア式将棋)を教えることで社会復帰の手助けをします。リチャードにシャンチーを教えたのはバーンズでした。

お互いに親切を少しずつ分け与えたことで戦争を生き延びた――そんなループを繰り返していき、少しずつ世界を変えていくことがリチャード(とバーンズ)の目的だったのです。
つまりこの世界観での『ペイ・フォワード』なわけですが、外伝のキャラを本編の最後の最後に組み込んでまでこそ、この物語を語りたかった太田垣の心意気に自分は感じ入ってしまいました。
では何故本編の主人公、イオとダリルでこの話をやらないかというと、答えは決まっています。大好きなMS戦闘を思う存分描けないから、パーフェクトザクもパーフェクトガンダムもパーフェクトジオングもサンダーボルトガンダムも描けないから、です。
やはり太田垣康男は喰えない漫画家です。しかし、好きか嫌いかでいえば好きといわざるをえない。

戦争は大嫌いだけど戦争に使われる兵器は大好き。ガンプラも大好き。そんな太田垣康男の今後を応援して止みません。
番組オリジナルグッズも引き続き販売中です。
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