m.m.さん のコメント
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北方領土の国後・択捉島の扱いを理解するには次の3項目が必要です。残念ながら、日本
国民はゆがんだ形でしか理解していません。
第2次大戦後、日本はこの国後・択捉島の領有権はどのように決定されたかー日本は放棄―
放棄された国後・択捉島を誰が領有するかの問題、米国はソ連に貴方の物と約束
1956年の日ソ国交交渉の時、何故、米国は日本が国後・択捉をソ連の領土と認めることを米国が反対したか
第2次大戦後、日本はこの国後・択捉島の領有権はどのように決定されたかー日本は放棄 ―
第二次大戦後、日本はポツダム宣言を受諾しています。
「八 カイロ宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」
日本は本州、北海道、九州及四國以外は、「吾等(連合国)ノ決定スル諸小島ニ局限セラ
ルベシ」に合意し、連合国側は戦後国後・択捉を含
地図を見れば、カムチャツカ半島から伸びた列島の終点が国後島なのであり、ウルップ島と択捉島の間が取り立てて離れている訳ではないから、「南千島」という論理は外国には理解されないと思う。
国後島と択捉島に特別な思いを感じるのは、元島民の日本人だけであり、国際的には通用しない考えではないだろうか。
日本政府は、この4島が現時点で「ロシア領である」と認めることから交渉を始めるべきである。
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