フレデイ タンさん のコメント
このコメントは以下の記事についています
4日、千葉県で講演に出かけた。主催者は千葉県高等教職員組合などである。
私の講演の後、一人の教師が高校の現状を説明した。
・今、私の学校の中央廊下に雨漏りがして、廊下にバケツをおいている状態が2年間続いている。補修費がつかないのである。
他方百万円を超える規模で、緊急性を要しないコンピューターの買い替えが進んでいる。こちらは予算がある。
・おかしいだろう。これが実情だ。現場に判断させない。それがここまで来ている。
・千葉県では今70%の教職員の賃金がカットされている。
他方、管理者や、優秀と認めた30%に昇給が図られている。当局に望ましいと思われるものの給与が上がり、他の人はカットされる。
・これらは何を意味するか。
現場は自ら考えるな、指示を実行すればいい、それがこのような状態を生み出すとろろにまできている。
ゴマスリで思いだしました。「粗にして野だが卑ではない」と言って戦後国鉄総裁になった石田礼助は戦前日米開戦阻止を工作しようとした三井家の三井物産社長だったことが孫崎先生のお話の中に確か出て居たと記憶しているのですが、石田礼助の「卑ではない」という言葉は「ゴマスリをしない」ということを意味している筈だと三井家の家訓に照らし合わせて私は勝手に解釈しているわけです。三井家はともかくとして、昔からゴマスリは日本のお家芸であることは内外の著作から判断して否定できないようです。
そういう環境下、国ぐるみでゴマスリを涵養し始めたとなると行き着く先はやはり戦争ですか。この日本式マッカーシズム(敢えて私はそう呼びたい。日本の歴史をひもとくと実に金に安易に転んでいるのです。戦国武将も例外でない)は日本の本性を突いていて実に性質(タチ)が悪い。やはり我が国はもう一度痛い目に遭わないと修正は効かないのでしょうか。この不沈空母の方向を変える方法はありませんか。卑でなかった7つの海を制した戦前の大三井の統帥だった石田礼助でさえも工作に失敗した日本ですからやはり難しいのでしょうか。
Post