りゃんさん のコメント
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カントはドイツ古典主義哲学(ドイツ観念論哲学)の祖とされている。『永遠平和のために』は 1795 年に出版。「いかなる国家も継承、交換、買収または贈与によって他の国家を取得できるということがあってはならない」「いかなる国家も。他の国家の体制や統治に暴力をもて干渉してはならない」等を主張している。この中で日本の鎖国について言及がなされている。
・われわれの大陸の文明化された諸国家、とくに商業活動の盛んな諸国家の非友好的な態度をこれと比較してみると、かれらがほかの土地やほかの民族を訪問する際に(訪問することはかれらにとってそこを征服すると同じことを意味するが)示す不正は驚くべき程度に達している。
・アメリカ、黒人地方 , 香料諸島、喜望峰などは、それらが発見されたとき、かれらにとっては誰にも属さない地であるかのようであったが、それは彼等が住民を無に等しいとみなしたからである。
東インドでは、かれらは、
ご議論いただきありがとうございます。
「かりに孫崎・カント路線で米国が国際関係を扱った場合、核兵器で堂々と武装する国々、組織は全くなくなるでしょう。そうなった世界は実に安全な世界になる」
孫崎=カント路線(「いかなる国家も。他の国家の体制や統治に暴力をもて干渉してはならない」)は、たとえばG7の国々、あるいはさらに範囲をかなり広げることも可能ですが、そういう国々のあいだでは、現に成立しています。しかし、米英仏が核武装をやめないのはなぜですか?それはあなたの主張する「核兵器で堂々と武装する国々、組織は全くなくなるでしょう」に反します。また、中国とロシアもこの二国間ではお互いに国際関係をそのようにあつかってるでしょう。なのに、中国もロシアも核武装をやめないのはなぜですか?
それとも、「米国」さえ孫崎・カント路線で国際関係をあつかうようになると、ほかの英仏中露も核武装を自動的にやめる、というお考えなのでしょうか。
あなたは「21世紀の国際間」と限定していますが、カントはもちろん当時の現実をめのまえにして考えたことでしょう。当時は米国もネオコンもありません。それでも国際紛争はおきたのです。その後第一次世界大戦も日米戦争もおきました。
核兵器が実際に使われたのは日米戦争のときです。
そうすると、今この世界で米国もネオコンも消失したとしても、やはり紛争はおき、核武装する国々も出現すると考えるのが自然ではないですか?
こういうところで議論するのは不自由ですから、とくにこの件でのお答えは不要です。
あなたを言い負かして勝ったなどと、全くおもいませんから、その点だけはご理解ください。
なお、あなたには、>>31で私の書いたことも、できれば考えて欲しいものです。
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