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なしさん のコメント

>>2
mmさんにしてはずいぶん裕仁に甘い。
わたしは裕仁好きに嫌いになれとは言わない人間ですが
事実関係の間違いは訂正しなくては。

それは潔い態度などではありません。
出来レースです。
考えてみてください。
天皇助命のためにどれほど敗戦が引きのばされたかを。
そのせいでどれだけの人が死んだかを。

欧米文化は助かりたければ、自分の責任を否定しなくては
ならない文化です。
わたしの責任です、は禁句の文化です。
ですから、おっしゃることは天皇助命のセレモニーです。
日本人にみせるための。

わたしが裕仁という人間を絶対許せないと思うのは、戦後
彼の行なった二つの発言。

沖縄、半永久的に米国が支配してほしい。

広島、原爆投下はしかたがない。
No.4
91ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
  私達は第 2 次大戦前と戦後の日本は切れていると思っている。 だが、何故か誤解してきた。実際は太く、繋がっているのだ。 先ず昭和天皇。処分、退位なしで何故継続できたか。占領軍の統治に利用できたから。 逆に言えば、占領軍の統治に協力する人間なら、生き残りは容易だったのだ。 多くの人は、吉田は反軍と思っているがそうではない。国際協調を貫いていた外務省が、吉田茂次官の時に軍と協力に切り替えたのだ。終戦直前、終戦工作を模索し睨まれただけだ。 戦後の日本は「実は変わっていない。一部の軍人を提供するだけで切り抜けた」と喝破したのはノーマンだ。 ハーバート・ノーマンは 1909 年カナダ人宣教師の子として軽井沢町で生まれる。カナダの外交官。 1945 年 GHQ に対敵諜報部課長。昭和天皇とマッカーサー会談の GHQ 側通訳。 1956 年駐エジプト・カナダ大使。ソ連のスパイの嫌疑をかけられ、自
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。