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フレデイ タンさん のコメント

日本人は2つのピカドンの炸裂で贖罪は終わったと思っている人が大多数なんじゃないでしょうか。ポツダム宣言の詳細を知ろうとしないし、教える立場の人は敢えて教えようとして来なかった。放射能の威力は米国にとっては思わぬ幸いな結果でした。米国の工作に脅える人、米国にへつらうのを業とする人たちは必死で煙幕を貼り真実を隠して来たし、これからもそういう営為が精力的になされるでしょう。従って、大陸・半島(韓国も含む)と日本の間に存する歴史認識のギャップは広がるばかりです。

拡がる歴史認識のギャップはそれだけでも由々しきことだが、ここにきて中距離核ミサイルの登場で米の不沈空母=日本列島は最も危険な地域に変貌している。ジョセフ・ナイは「沖縄は危ない」と言っているが、「日本は危ない」と言い換えるべきだ。つまり米国にとっては最前線。最も重要なVANTAGE POINT。

大陸・半島の敵愾心を逆撫でし、米国の利益の為に最前線の勤めを果たす、こんなことでいいのですかね。日本は国のあり方をこのまま米国の不沈空母で行くのか、拒否するのか、修正を加えるのか、早急に決定せねばならないと私は考えます。
No.2
88ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
   日本は1945年8月15日ポツダム宣言を受諾した。  私は講演の際に、「ポツダム宣言は守るべきですか」と問う時がある。殆どの人は守るべきだという。では日本は何を受け入れたかになると、残念ながら、日本国民の多くは我々が如何なる条件のポツダム宣言を受諾したか、全文を読んでいる人はほとんどいない。 ここでは、二つの条文を見てみたい。 「第十二条: 前期の諸目的が達成され、かつ、日本国国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向を有し、かつ、責任ある政府が樹立された場合には、連合国の占領軍はただちに日本国より撤収するべきである。」 ポツダム宣言では、占領軍は撤退することが合意されている。  残念ながらこの合意は実施されなかった。 日本が独立した時、米国は自国軍を日本に置くことを最優先した。サンフランシスコ講和条約の日に日米安保条約(旧)が結ばれたが、米国の意図は「好きなだけの軍隊を
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。