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matusiroさん のコメント

幕末、豪商は薩長にも、幕府にも、片方だけに肩入れした話は聞かない。双方からの”借り上げ”を断れなかった筈。また、薩摩は密貿易(黒砂糖、昆布の専売)で数百万両を貯め込んでいた。土佐は、岩崎弥太郎が自分の借金を藩財政で賄い、最後は藩財政を乗っ取った。三井や日本の豪商の「金」で、倒幕派が動された可能性は低いと思う。
明治維新以後、豪商は「富国強兵」の強力な仲間内だったでしょう。
明治維新は「その新たな国家像」「軍事力」「官僚組織」「財政」で、幕藩体制時の志士自ら、イメージを持つのは不可能だったと思われる。「尊王攘夷」を叫ぶ志士たちのイメージは、松陰の「南朝天皇制再現」程度の発想だったのでは。
明治維新に至る10年近くで、これらのもろもろの”思想=構想”を手に入れている。「尊皇攘夷」から「尊皇開国」はアッと言うものだった。欧米、特にイギリスのグラバー、アーネスト佐藤、パークス公使などの知恵付け、薩長士族の欧州留学による洗脳でしか、明治維新へ戦略性はなかったでしょう。明治維新へ突進するエネルギーは生まれなかったでしょう。
戊辰戦争は慶喜の「大政奉還」ですでに勝負あってた。事後の「戦争」、それも、慶喜や容保はさっさと逃げて、およそ戦闘の体をなしていない。武器はグラバーから長州が7000丁入手しているし、豪商が積極的に後押しして資金援助をした話は聞いたことがない。
問1、問2、問3 NO1さんと同意見です。
なお、小説風仕立てですが、加治将一氏の「龍馬の黒幕」「竜馬を守った新選組」はヒントになります。明治国家のイメージがつかめ出すのは、欧州視察以後だと思います。


No.6
87ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
ハーバート・ノーマンは一九〇九年生まれ。カナダの外交官。『ハーバート・ノーマン全集』(岩波書店、一九七七年)収録の論評「日本における近代国家の正立」からの引用。 ・幕府の転覆は、薩摩・長州・土佐肥前の下級武士および浪人と少数の公卿を指導者とし、京・大阪の豪商の財力を後楯とする反徳川諸勢力の団結によって達成された。 ・維新は、単に狭義の政治的意味における、幕府から中央集権的宮廷への政権の移行を意味するばかりでなく、政治の重心の上士から下士への移行を意味する。 ・下級武士はその鋭い剣の力や断乎とした決意だけでは幕府を転覆しえなかった。武士の政治的・軍事的活躍ほどに劇的ではないが、幕府の転覆と新階級の安定を達成するうえにそれよりも深甚な影響を及ぼしたのは、大町人―日本の富の70パーセントが集中したといわれる大阪商人の経済的支援であった(中略)。さらに重要なことには、破産した幕府の
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。