ハーバート・ノーマンは一九〇九年生まれ。カナダの外交官。『ハーバート・ノーマン全集』(岩波書店、一九七七年)収録の論評「日本における近代国家の正立」からの引用。
・幕府の転覆は、薩摩・長州・土佐肥前の下級武士および浪人と少数の公卿を指導者とし、京・大阪の豪商の財力を後楯とする反徳川諸勢力の団結によって達成された。
・維新は、単に狭義の政治的意味における、幕府から中央集権的宮廷への政権の移行を意味するばかりでなく、政治の重心の上士から下士への移行を意味する。
・下級武士はその鋭い剣の力や断乎とした決意だけでは幕府を転覆しえなかった。武士の政治的・軍事的活躍ほどに劇的ではないが、幕府の転覆と新階級の安定を達成するうえにそれよりも深甚な影響を及ぼしたのは、大町人―日本の富の70パーセントが集中したといわれる大阪商人の経済的支援であった(中略)。さらに重要なことには、破産した幕府の
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考察の問い(1)に対する私の答え
ーーー三井の金が無くても討幕は可能だった。英大使館のアーネストサトーたちは長州の若者に接触して討幕を促している。いろいろの策を提供し、種々の肩入れを行っている。大英帝国の有力商社の長崎駐在員であったグラバー氏は信用で討幕有力藩に最新鋭の鉄砲を大量売りつけている。薩摩藩はその鉄砲を長州藩と話し合って米とバーターしたりしている。それらの借金は明治新政府が全部肩代わりして弁済した。
問い(2)への答え
ーーーー新政府は国内で探鉱事業を行い、鉱山開発に手を染めた。その中で有望鉱山を格安で三井等の大商人に払い下げた。
問い(3)への答え
ーーーー富国強兵には農村部からの兵の調達が不可欠である。それを可能にするのは絶対主義しかあり得ない。
孫崎さんのご投稿の趣旨がよくわからない。
第一義的には、単純に、歴史的事実を考察せよと読める。
第二義的には、維新の歴史的事実と現在の安倍政権の連続性において実態を対比して考えよとも読める。
第三義的には、北朝鮮金独裁体制を日本の明治維新になぞらえているのであろうか。
第二義的に考えれば、
①維新の大阪商人のお金は、現代的には、1,600社に呼びかけている経団連の自民党寄付金に相当する。今回の選挙でも、毎日1時間おきぐらいに自民党の選挙宣伝をテレビで行っている。
②内閣府が人事権を握り、官僚体制を私物化的絶対支配している。
③安倍一強体制は、バラマキ金融緩和でと規制によって、企業の業績をバックアップしている。
④秘密保護法、安保改正、憲法改正によって、民主的社会を強権的体制に向かわせようとしている。明治維新の精神が、現代においても息づいており、健在であるということを、言いたいのであろうか。
>>2
私は第一義的にしか考えることは出来なかったのですが。
>>3
当然のことではありませんか。孫崎さんの趣旨も同じでしょう。学校ではないので、私は、何故、わざわざ、維新の問題を提起されたのかを詮索というか、現代的意義を知ろうとする気持ちが強いので、あらゆる趣旨を考えようと自己研鑽しているだけ、私自身の納得性に重点を置いているだけです。私自身の問題にすぎません。
孫崎さん、現在の学校の評価で言えば、あなたは正解であり、私は落第でしょう。それでいいのです。
>>4
であれば、「孫崎さんのご投稿の趣旨がよくわからない」と冒頭えらそうに言ってしまうのはいかがでしょうかね。あなたは昔特定社会で偉い人だったかも知れませんが、なんだか変ですよ。自己研鑽、現代的意義を知る、納得性を言うのであれば、冒頭、そういう風におっしゃっていただいてその後あなたの文章を展開するのが、一般社会人のイロハではないでしょうか。あなたは少し傲慢ですよ。それに気づきませんか?
幕末、豪商は薩長にも、幕府にも、片方だけに肩入れした話は聞かない。双方からの”借り上げ”を断れなかった筈。また、薩摩は密貿易(黒砂糖、昆布の専売)で数百万両を貯め込んでいた。土佐は、岩崎弥太郎が自分の借金を藩財政で賄い、最後は藩財政を乗っ取った。三井や日本の豪商の「金」で、倒幕派が動された可能性は低いと思う。
明治維新以後、豪商は「富国強兵」の強力な仲間内だったでしょう。
明治維新は「その新たな国家像」「軍事力」「官僚組織」「財政」で、幕藩体制時の志士自ら、イメージを持つのは不可能だったと思われる。「尊王攘夷」を叫ぶ志士たちのイメージは、松陰の「南朝天皇制再現」程度の発想だったのでは。
明治維新に至る10年近くで、これらのもろもろの”思想=構想”を手に入れている。「尊皇攘夷」から「尊皇開国」はアッと言うものだった。欧米、特にイギリスのグラバー、アーネスト佐藤、パークス公使などの知恵付け、薩長士族の欧州留学による洗脳でしか、明治維新へ戦略性はなかったでしょう。明治維新へ突進するエネルギーは生まれなかったでしょう。
戊辰戦争は慶喜の「大政奉還」ですでに勝負あってた。事後の「戦争」、それも、慶喜や容保はさっさと逃げて、およそ戦闘の体をなしていない。武器はグラバーから長州が7000丁入手しているし、豪商が積極的に後押しして資金援助をした話は聞いたことがない。
問1、問2、問3 NO1さんと同意見です。
なお、小説風仕立てですが、加治将一氏の「龍馬の黒幕」「竜馬を守った新選組」はヒントになります。明治国家のイメージがつかめ出すのは、欧州視察以後だと思います。
>>5
私は、コメントしてからあなたがコメントしているのに気づきました。その時は、中身を見ていなかったのですが、あなたが私にコメントしているのを見ました。
私は、コメントするときには、孫崎さんの趣旨を理解できなかったことは事実です。私の受け取り方によってコメントしましたが、あなたのコメントを見て、孫崎さんの趣旨は単純に当時の政治情勢を問うているのではないかと気づき、私のコメントが外れているのではないかと思い、私ノコメントは落第だと申し上げたのです。ただ、違った視点で、新しい見方で、言語行動を見ることが間違いだとは思っていません。それが傲慢だというのであれば甘んじて受けます。