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なしさん のコメント

毛沢東や周恩来も本当の腹の中はやりたくはなかったというのが
本音だと思いますよ。

あの当時は共産党にとってもっとも重要な案件は台湾の解放、国民党の
撃滅でした。
台湾が今もあるのは金日成のおかげです。

「中国」はいきなり朝鮮に出兵したのでなく、米国にシグナルを送り続けて
いました。

38度線以北に韓国軍が攻めるのは良い。
それは民族自決の内戦だから。
ただし、米軍が攻めこめば中国は座視しない。
人民解放軍が相手になるというサインを送り続けていたのです。

マッカーサーがそれを鼻で笑い、あとは歴史の通りの進行でした。
毛沢東は抗米援朝戦争などには本当は乗り気でなかったとわたしは
ずっと思ってきました。
だって台湾の方が本来は重要ですから。

北朝鮮を米国が獲れば次は中国に来ると本気で恐れたのですね。
だとすればトランプが北を攻撃しても勝利はないですね。
歴史は繰り返すのみ。
No.2
55ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
米軍が鴨緑江に迫った時、中国内は戦争参加に向け、指導部の意見は割れていたのです。 林彪、 高崗、は反対ないし消極派です。積極的参入は毛沢東、周恩来だけです。後々の中国政治を見れば、この時、反対ないし消極派であった人々はその後、失脚していきます。 (1)1950年10月4日の構図 〇即時出兵論者:毛沢東、周恩来 〇出兵反対派 :高崗、(林彪?)等  〇即時出兵の潜在的支持者:朱徳、鄧小平、彭徳懐  〇出兵消極派:劉少奇、陳雲、帳聞天、李富春等 林彪や高崗の軍関係者が反対ですと、軍関係者の中から支持者を出す必要があります。ここで急遽彭徳懐を任地、西安から呼び寄せます。彭徳懐は対日戦、対国民党との戦いで功績をあげた著名軍人でした。北朝鮮への出兵に関しては、林彪や、東北部の軍人達が反対しています。その中で、著名軍人の支持がどうしても必要です。出兵をめぐり、厳しい対立がある中、毛沢東は急遽、彭徳懐を会議参
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。