changeさん のコメント
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第二次大戦以降、戦争の悲惨さを基礎に、新しい秩序を作った。 一つは国家主権を尊重する、今一つは軍事行動を、相手の軍事行動があった時に限定したのである。この考え方は国連憲章の次に明記される。 第 2 条「この機構は、その すべての加盟国の主権平等の原則 に基礎をおいている。」 国連加盟国の国内体制がすべて素晴らしいとは限らない。だが、それぞれの国のあり様はそれぞれに任せようとするものである。 そして同じく第二条にて、「すべての加盟国は、その国際関係において、 武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない 」とし。第51条で「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではな
①キリスト教における「カトリック」と「プロテスタント」の戦い
②イスラム教における「シーア派」と「スンニ派」の戦い
③インドに起源をもつ「仏教」は自国内の紛争はあるが、国家間の戦争はない。
<キリスト教・イスラム教と仏教の比較>で目立つのは
キリスト教・イスラム教は「不寛容・非妥協的」であり、仏教は「寛容・妥協的」である。
欧米と中近東とインド・南アジア・日本の大きな違いは、仏教が基本的思考の根本になっていることであろうか。
同じアジア人であるが、漢民族を主体とする中国は、宗教よりも民族や血統などの属性によって所得や教育水準が大きく異なる。個人が能力でなく属性によって判断される。就職の縁故主義のように物故主義が基本であり、国営企業が多く政治と経済が強く結びつき、個人の自由な活動は大きく制限される。
一人一人の生き方において、欧米・中近東は宗教が強く影響し、中国は民族・血族が国家の国幹であり、南アジア・日本は仏教を基本として偏らない「温和な民族」ということができる。
すべては生き方の選択である。
人権が重視されるか、民族・血族が重視されるかの戦いが行われているが、インド・南アジア・日本は「温和な民族」であり、欧米と中国のはざまで賢く生きていくのではないかとみている。高度経済の時から日本はアジア諸国に製品開発から製造まで指導してきたがその成果が実りアジア諸国にいきわたっており、所得の向上・教育水準のアップに大きく貢献してきたし、今後もアジアの諸国と協調関係を強めていくべきでしょう。
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