p_fさん のコメント
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1993年5月、私は初代大使としてUzbekistanに赴任した。 赴任の前、当時の次官、小和田恒氏が昼食をご馳走してくれた。様々な話題があったと思うが、赴任にあたっての心づもりを述べられた。 「政治的にウズベキスタンが世界の関心を呼ぶことはないだろう。日本の経済界が進出することもないだろう。ウズベキスタンはシルクロードの中心で文化が栄えた所だ。文化面で頑張って、将来につなぐ気持ちで仕事をしたらどうか」 信任状を手交するのにカリモフ大統領と会った。カリモフ大統領は次のように述べた。 「日本は大使を送るのにずいぶんゆっくりしてますね。米英独仏等全て大使がきて仕事してますよ。貴方にすることがありますかね」。 小和田次官は「文化面で頑張ってみたら」と言われたが、単なる言葉だけでなく、即、援護射撃をしてくれた。私が赴任して最初の客は画家・平山郁夫氏等の一行の訪問である。外務省ははウズベキスタンに文化
「日本のカネ」だけが目当ての大統領だったら、こうはならなかった。また、カリモフ大統領であっても、大使が、例えば元次官の藪中某などでは、いくら小和田恒氏のバックアップがあっても台無しにするだけだったろう。かつ、何かウ国を見下している感のある小和田氏自身が仮に大使をやったとしても、カ大統領に親近感は生じなかったのでないか。小和田氏には、天木直人氏著「さらば外務省!」に出てくる「その缶切り試したかい」の印象が強烈だからだ。
藪中某に至っては、同じく上記書に出てくるのみならず、元部下だった原田武夫氏、更にはウィキリークスによっても本性がバラされている。
私が彼の地を短期間旅行したのは2000年だが、現地の人々に好印象を持てたのも、孫崎さんが日ウ間 橋渡しに名人芸を発揮されたお蔭━それもあり得ると思う。
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