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中庸左派さん のコメント

>ストーリーの舞台は1958年の筑豊

 この頃が舞台というと、アタマに浮かぶのはやはり「総資本対総労働」というフレーズ、あの三池争議である。私の勝手なイメージでは、イデオローグ向坂逸郎九大教授に指導された戦闘的労働運動。  
 若かりし頃、勿論、私は同時代ではないが、向坂氏の「資本論入門」(岩波新書)を手にしながら、革命がある種信じられた古き良き時代を儚く想いを馳せる気分であった。

 しかし、三池争議から60年以上経て、ある意味で総労働側は敗北し続けてきた。
 1975年のスト権ストの敗北により、以後、春闘期のストそのものも退朝傾向に陥ったと思う。さらに10数年後、1987年国鉄分割民営化により国労が解体され、これにより組織労働者による戦闘的労働運動の時代は完全に終焉したと考えている。
 これと並行しつつ、バブル経済が出現し、世は狂喜乱舞、軽佻浮薄の拝金主義に流されていった。

 労働組合は絶滅危惧種の道をたどり始めた。

 1995年、経団連は「新時代の「日本的経営」」を発表し、アメリカ帝国流の新自由主義を輸入して、「終身雇用」幻想が粉砕されて、非正規労働者が激増し始めた。この頃から、メンタルを病む仲間が増え始め、私は組合役員として対応を迫られるようになった。

 それ以後、格差社会は今も続いている。非正規労働者の組織化に失敗した労働組合は組織率を低下させ続けて、社会的影響力は風前の灯だ。

 一方、働く女性達の生きづらさは増すばかりだ。コロナ禍で若い非正規女性達の自殺が激増した。この社会の弱者の一群は、未だに女性なのだ。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20221014-OYT1T50253/

 コロナ禍を煽り、上から目線で自粛、自粛と社会を締め上げ、ヒトビトを「窒息」させてきたヤブ医者達、ジジイ専門家達に罪の意識はないだろう。私個人として、カレらに天罰が下ることを内心で祈っている。

 私は四半世紀、組合活動家のハシクレだったが、振り返って何が出来たか考えてみたが、娘に対して、雇用における女性差別、年収、昇任、学歴、正規、非正規、結婚、出産というあらゆる社会的場面での、女性であるが故に直面する様々な理不尽を教えてきただけであった。
 現実を踏まえて、自分のアタマで考えて、生き抜けという思いであった。

>嶽本さんは「危険から守るという名目のもとに女性を労働の場から遠ざけ、自由と選択肢を奪う一面もあった」。女性が家庭に縛られたことによる労働運動の限界、問題点も作品では示唆される

 ただ、男女平等を言うとき、国防や徴兵も男女平等に、という議論にフェミニズム(特にアメリカで)が絡め取られていったことも無視はできない。私はジェンダー平等よりも、戦争や暴力を拒絶し、そこから逃げ出すことのほうが大事だと考えている。
No.1
20ヶ月前
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15日 新宿シアタートップスで劇を見た。 椿組 2023 春公演『まっくらやみ・女の筑豊 ( やま ) 』 2月9日 ( 木 ) ~ 19 日 ( 日 ) 作:嶽本あゆみ ( メメント C) 演出:高橋正徳 ( 文学座 ) 主題歌:山崎ハコ 会場: 新宿シアタートップス まっくらやみ 女の筑豊 参考(1)東京新聞<行ってみたら>炭鉱「女も同じごと」 「劇団椿組」の新作「まっくらやみ・女の筑豊(やま)」 新宿で 9 日から 炭鉱労働に従事した女性への聞き取りを通して、男女の性差が生み出すさまざまな問題を炙(あぶ)り出す新作舞台「まっくらやみ・女の筑豊(やま)」が9日から、新宿シアタートップス(東京都新宿区)で上演される。炭鉱で激化した労働争議、思想対立の実相も女性の視点から描かれ、現代に問いかける。 (稲熊均)  昨年95歳で亡くなった作家森崎和江さんのノンフィクション「まっくら」や、ともに筑豊に移り住み労働運動や文化交流を牽引(けんいん)した詩人谷川雁さんの
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。