りゃんさん のコメント
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日本の憲法は米国主導で作成された。私自身『戦後史の正体』の中で、「日本国憲法は、米国が作成した草案を日本語に訳し。少し修正したものです」という項目で経緯を記述している。ただ、その当時、知識がなかったので憲法九条の経緯には言及していない。 だが学んでいく内、「憲法9条の発議は幣原喜重郎である」との重大な事実に遭遇した。それを裏付けるのが、マッカーサーの議会証言である。マッカーサーは1951年連合国軍最高司令官の地位を解任される。1951年 5 月 3 日から三日間、上院の外交委員会と軍事委員会の合同聴聞が開催され、議題は「マッカーサーの解任」と「極東の軍事情勢」であった。解任が重要議題であるから、その証言には大変な重みがある。当然記録はある。 幣原平和財団『幣原喜重郎』( 1955 年)は次のように記した。 「 1951 年 5 月 5 日の米議会上院軍事外交合同委員会公聴会での証言」によれば、 マッカーサー は 「幣原首相
「こんどの新憲法というものは,日本人の意思に反して,総司令部の方から迫られたんじゃありませんかと聞かれるのだが,それは私の関する限り,そうじゃない」
と自分で書いている。「私の関する限り」と。
仮に幣原から言い出したとしても、マッカーサーの許可を得ているようなものを常識的に日本人の「自主的」とはいえない。
一方、歴史の大きな流れとしては、changeさん5のお書きになっているとおりである。自主的といえる余地はない。
なお、自主的かどうかにこだわりすぎるひとびとにも問題があるとおもっている。現行憲法は事実上日本国民に根付いており、それを基盤として9条など不都合な点を、そのときの憲法改正手続きに従って変えていけば良い。
ただ、遠い将来の夢としては、いったんその時点の憲法を破棄し、その時点の憲法と一言一句まったく同じ内容を、明治憲法から改憲した自主憲法として制定するというような未来があっても良いとおもう。
あとこれは余談だが、わたしは天皇はじめ当時の日本人が占領統治に協力したのは、そうでない場合と比較すれば良いことだったとおもう。そうでなければ、日本がいまのガザのようになっていたって不思議ではない。そのことを十分に理解しつつ、また、占領協力に対する批判は批判として真摯に受け止めつつ、今後米国とどうつきあうべきかを考えることがわれわれ以後の世代にとって重要だろう。
われわれより上の世代は、パックスアメリカーナは最大限おいしく享受した一方、そのさらに上の世代の決定をただ批判してなにも成果はなかったようにみえる。
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