飛躍さん のコメント
このコメントは以下の記事についています
( 書くことと読むことがなくなることは、自由の終わりを意味する The end of writing and reading will be the end of freedom ( ワシントン・ポスト ) ニコール・クラウス、 ニコール・クラウスは小説家、 2025 年度グッゲンハイム・フェロー。この論説は、著者が 5 月 13 日にベングリオン大学で名誉博士号を授与された際に行ったスピーチを基に作成。 この 1 年間、私はアメリカを離れ、ローマで 3000 年の偉業と遺跡に囲まれて暮らしてきました。その経験を通して、歴史の長い弧を深く意識するようになりました。 民主主義と独裁、神と人間、戦争と平和、恐れられたものと愛され大切にされたもの、あらゆるものの興亡を目の当たりにしてきたのです 。 人々が歴史の中で、どちらの道を進むべきかを議論しながら辿り着いた無数の岐路は、もはや消えることのない道へと消え去ったかもしれませんが、同
個人の自由が認められていれば、個人が発信する自由があれば受信する自由があり民主主義社会が正常に機能する。
組織の場合、民主的自由であれば発信も受信も個人と同じように自由が機能し問題がない。問題は独裁者の自由が機能する時である。当然受信する機能は独裁者の発信に左右され受信者の自由が無くなることである。当然のことながら、個人の発信の自由がなく、書く・読むの自由が消滅する。
時と場合によって、人間は発信受信の自由があったりなかったりする。書く・読むの自由は人間の特権であるが、その特権が独裁者の自由によって,書く・読むの自由が制限され、奪われるとしたら小説家など物書きにとっては暗黒の時代というか生きることを拒否される時代とみなすことができる。
Post