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younghopeさん のコメント

>>7
コメントありがとうございます。あなたのコメントに対するコメントなのですが、「>>4」を忘れてしまいました。
学校教育、社会体制の大きな変革がないと不可能なのですが、一つの基準的考え方を絶対視するものの見方考え方では、物事の本質を見る目が養われないだけでなく、物事を誤って判断してしまうことが多いのです。人間を統制管理するには、都合のよいものですが、本質から離れてしまう危険性が大きいといえます。物の見方考え方は、10人いれば10人違っていいし、違わなければ返っておかしいのです。議論を戦わしながら、より良い方法を選択するということは、時間がかかりますが、慣れてくれば、当たり前に進められるのです。如何せん、自己の意見を押し通そうとする民族性と無条件に受け入れる民族性が併存して、声が大きく徒党を組む勢力が強くなり、議論相対する活力が乏しくては、民意が社会的基準になるのが難しいでしょうね。
No.9
125ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
941 年 9 月 7 日(「戦争を辞せざる決意の下におおむね 10 月下旬を目途とし戦争準備を完整す」と決定した 9 月 6 日の御前会議の翌日)、東久邇稔彦下は東條陸相に米国の術策にはまるだけだと、辞職を求めています 東久邇稔彦著『一皇族の戦争日記』は東久邇宮と東條陸相の会談をかなりリアルに記述しています。 まず、東久邇宮は東條陸相を呼んで天皇は日米国交調整に御心をそそがれているので、これを真剣に考えてもらいたいと要請します。 これに対して東條陸相から、米国は  1: 日本軍は仏印から撤退すること  2: 日本軍は支那全土から撤退して支那事変以前の状態に復すること  3:日本 は英米に対して支那における門戸開放、機会均等を認めることを要求している。 この条件は陸軍大臣として、支那大陸で生命を捧げた尊い英霊に対して絶対に認めることが出来ない等を強調します。  そして「東條は日米関係について、はじめはなか
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。