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younghopeさん のコメント

>>5
同じような時代を過ごしてきたようで、共感度が高くなっています。嬉しいことです。
「かつての通産省の官僚など、米国に立ち向かっていく気概のある人がいた。新聞記者もそうだった」。
通産省の官僚は、日本の経済を引っ張っているのだという気概を持っている人が多くいました。新聞記者も、言論によって新聞社を背負っているという気概の人も多くいました。懐かしい時代を思い出させていただきました。
No.6
117ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
A: 事実関係 外務事務次官や駐米大使を歴任し、日中国交正常化交渉や沖縄返還交渉に携わった栗山尚一さんが1日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。83歳だった。 東京大学法学部を中退して、1954年外務省入省。佐藤栄作首相と米国のニクソン大統領との沖縄返還交渉に参画し、72年の日中国交正常化の際には、条約課長として日中共同声明の原案作成に携わった。  外務省条約局長、北米局長、駐マレーシア大使などを経て、89年に外務事務次官。次官在任中には、91年の湾岸戦争の対応に当たった。92~95年に駐米大使。 B: 見解 ・栗山氏は、今日の日米関係強化の基礎を築いた人物である。  ただ、同人は極めて冷徹な評価に基づいて日米関係強化をのべていたので、今日のような盲目的対米重視ではない。彼が外務次官時代、冷戦の崩壊で、米国一極支配の時であり、この時、対米強化を論ずるのは、それなりの合理性はあった。
孫崎享のつぶやき
元外務省情報局長で、駐イラン大使などを務めた孫崎享氏。7月に発行された『戦後史の正体』は20万部を超えるベストセラー、ツイッターのフォロワーも13万人を突破。テレビや新聞が報じない問題を、日々つぶやいている孫崎氏。本ブロマガでは、日々発信。週1回別途生放送を発信。月額100円+税。【発行周期】日々。高い頻度で発行します。