文・鈴木聡一郎(最高位戦日本プロ麻雀協会)
勝つことは、背負うことである。
現時点で背負うものが最も少ないのは樋口かもしれない。
4人の中で最も競技麻雀歴が浅く、守るものがない。
その自覚は本人にもあるようで、カメラに向かって「一番新人なので、チャレンジャー精神で自分の持っている力を120%出せるように頑張ります。いっぱいリーチしちゃおうかな」と笑顔で語った。
その表情からは、良い意味で気負いがない。
また、トータルポイントでも3番手。適度に追いかける立場であり、その状況もメンタルにマッチしているように思われる。
控室に入ると、先に到着した池沢と樋口がスタッフを交えて談笑している。
「樋口さんはファイターですよね。決勝戦でああいう(守備力が極端に下がる)仕掛けできないですよ、普通。すごいと思います」
そう語ったのは1日目が終わって2着目の池沢。
上記の言葉通り、池沢の根底に流れているのは守備だ。
普段からとにかく守備を意識して打っていると語った。
女流にはあまりいなかったタイプではないだろうか。
続いて日向。
私は以前、日向と同店勤務していたこともあり、このメンツの中では最もよく知っている。
元気で笑顔を絶やさない女の子という感じ。
麻雀も強い。日向もどちらかといえば守備の意識が強いタイプだろう。
日向がカメラに向かって語る。
「(トータルラスということもあり)色々見直してきましたよ。さすがに」
おおっ!なんかそういう真面目な感じ初めて見るぞ!これは期待できるかも。
試合直前のコメントでも「開き直ってのびのび打つこと」を宣言していた。
最後は水口。
この中で放送対局に最も慣れているのが水口だろう。
その水口がトータルトップとあっては、他の3人は少しやりにくいか。
しかも水口が「ケースごとにシミュレーションをしてきました。気負わないように、勝ったらラッキーぐらいで臨みたいと思います」と万全の準備を臭わせれば、他の3人としては嫌な感じだ。
解説の愛内含め女性だけの控室に男1人放り込まれた私。
なんだか肩身狭い!
アウェイ感が異常!
私の方が緊張してきたんですけど!
1日目(1、2回戦)終了時ポイント
水口美香(日本プロ麻雀協会) +25.2
池沢麻奈美(日本プロ麻雀連盟) +9.0
樋口清香(最高戦日本プロ麻雀協会) +3.8
日向藍子(最高戦日本プロ麻雀協会) △38.0
3回戦
起家から、水口、日向、樋口、池沢の順。
東1局ドラ8s
7巡目、日向がここから1枚目の東を鳴かず。
8899m23378s56p東東
試合後、日向は「門前でマンガンになりそうな手牌がきたら、門前で大きく狙っていく作戦で最終日に臨むことに決めていた」と語った。
とすると、ドラ1あって両面が豊富に含まれるこの手牌は、マンガンが狙える手牌ということなのだろう。逆に、ドラがなければ鳴いた可能性が高い。
すぐにドラが重なり、日向はチートイツ一本に狙いを絞る。
そこに池沢の10巡目リーチ。
222456777m34s44p
その直後にオヤの水口も追いかけリーチ。
123789p11167s55m
実はこれ、7巡目に選択があった。
123899p11167s557m
8pを先切りしておいて9pを出アガリしやすくする選択もあるが、8pの切れ具合から7pがヤマにあると見て打7mとし、ヤマに丸々生きていた7pを引き入れての最速テンパイという最高の結果。
これに対する日向。
36p233688s8899m東東
ここから池沢、水口双方に無スジの6sを打つ。
おいおい、嘘だろ。さすがにこれは無理筋だ。
さらに6mを引いて、「さすがにここでやめるか」と誰もが思ったが、双方に無スジの打2s。
これが池沢に捕まって2600の放銃。
しっかり守ることができる日向が、かなり無謀とも思える無スジを、しかも勝算の低いチートイツのイーシャンテンから押した。
そうか。
日向、やる気なんだな。
勝つ気なんだな。
そして、その無茶がたったの2600放銃で済んだ事実。
日向としては悪い入り方ではないはずだ。
東3局ドラ6s
樋口24000、池沢29600、水口24000、日向22400
3巡目に中を一鳴きしたのはオヤの樋口。
6899s113m688p ポン中
トイツが端に寄っているためトイトイへの渡りは期待できるとはいえ、この愚形だらけの手牌を躊躇なく仕掛けていけるのが樋口の強さだ。
5巡目には1mもポンしていく。
樋口の2フーロを受けて日向。
223678m557s45p東東 ツモ7m
打5sとする。これは妙手。
2mや7mも候補に挙がるが、それはあくまで仕掛けも考慮した手組。
日向の意識は「門前でのマンガン」に焦点が合っており、ならば必ずドラを使い、さらに東が2枚切れてしまった場合のターツ候補保険として7mを残す手順が合理的である。
結果的には、すぐにテンパイが入って即リーチ。
22678m57s456p東東東
リーチに対し、樋口がイーシャンテンから2つ無スジを押し返す。
最終手番でようやく撤退し、日向の1人テンパイで流局するのだが、リーチをかけてもすんなりとはオリてくれないメンツである。
トータルラスの攻撃に対してすんなりオリてくれないとなると、日向としては少々やりにくい。
東4局1本場供託1000点ドラ1m
池沢28600、水口23000、日向24400、樋口23000
好配牌の水口がまずは5巡目に先制リーチ。
12355p23477889s
日向が次巡にテンパイ即リーチで追いかける。
45667789m234p南南
この時点でヤマには残り3枚対3枚。
ここは水口以外の3人とも日向にアガってほしいところ。
逆にここでトータルトップの水口にマンガンクラスをアガられるとかなり水口有利になる。
そんな勝負所を制したのは日向。
終盤に水口が5mを掴んで2000は2300を手にし、微差ながらこの半荘のトップ目に立った。
南1局ドラ2m
水口19700、日向28700、樋口23000、池沢28600
トータルトップである水口のオヤ番は、追う3者にとっては攻めどころの1局となる。
まずは9巡目に池沢がリーチ。
2233356p345678m
樋口も3sを鳴いてカン3mでテンパイを果たす。
西西西56788s24m チー345s
そこに日向がドラ単騎リーチで割って入る。
111456p678s2678m
ドラも生きていたが、池沢が7pをツモって1000・2000。
これは大きい。
水口にオヤかぶりをさせつつ、この半荘のトップ目に立つ。
南3局ドラ3s
樋口24000、池沢31600、水口17700、日向26700
最も手牌が整っていたのは水口だった。
發發南23456889s45m ツモ1s
まだ3巡目ということもあり、ホンイツに向かうことも考えられるが、自分から4mが3枚見えており3m6mが良い受けになっているため、水口は生牌の南切りでイーシャンテンにとる。
しかし、水口になかなかテンパイが入らない。水口がもたつく間に、樋口も東ポンでくっつきのイーシャンテンに構える。
3678s7p34577m ポン東
樋口はここに9pを引くもツモ切り。あくまでドラ3sのくっつきにこだわった。
続いて、樋口がテンパイに取ってドラを打っていたらポンテンに取れていた池沢。池沢はドラが鳴けなかったことにより、ドラシャンポンでテンパイを果たす。
33456s55678p678m
すると、10巡目に5sを引く。
33456s55678p678m ツモ5s
この時点で4s7sは1枚ずつ切れている。
多くの打ち手は3s切りリーチをするのではないかと思う。
この手牌は勝負手だ。真っ直ぐぶつけてよい。放銃しても後悔しない。
このように潤沢な手牌をもらえば、誰だって思考は「攻撃面からのアプローチ」となる。
しかし、池沢は違う。
「オヤの樋口さんに鳴かれたら嫌だったので、3s切りという選択肢だけはありませんでした。待ち替えするなら、6s切りのカン4sですね。シャンポンとカン4sの比較でした」
この手牌を授かってもなお、「守備面からのアプローチ」を続ける。
池沢が少考の末に下した結論は5sのツモ切り。
すごい。
この期に及んでまだ守備側から麻雀に対峙できる打ち手。
その打ち筋は、池沢が所属する日本プロ麻雀連盟の大先輩、藤崎智を想起させる。
このタイプの大器、今までの女流にはいなかったのではないか。
樋口は1sツモでカン2sに受けた後、4sツモで両面テンパイへ。
34678s34577m ポン東
目論見通りのドラを使ったテンパイを組む。
12巡目には日向がメンホンチートイツのテンパイで2人を追う。待ちは1枚切れの3m待ち。
11223999m白白中發發 ツモ中
このときの日向の捨て牌が下記。
1s8s5p9p4s北南4p西9p6m
ホンイツが濃く映るが、ホンイツと断言はできない程度ではないだろうか。
水口の手牌で前述したが、マンズの下が良さそうで、全員がある程度前に出ているため、誰もが3mを切りそうな状況。
日向はダマテンを選択する。
確かに、接戦であるため打点はマンガンでも十分だ。
一方、前に出てきている3名をけん制しつつ、最悪1人テンパイでも良しとするリーチも現実的な選択に映る。
この半荘終了後、日向が私のところに駆け寄り、真っ先に聞いたのがこの選択だった。
「あのチートイツ、リーチかなあ?」
私は「リーチすることの方が多そうだけど、(上記理由から)微妙だよね」と答えた。
仮にリーチしていたとしても池沢は日向の危険牌を引いていないため、結果は変わらないと思われる。
アガったのは池沢。
33456s56678p678m ロン7p
47pは薄いが、3mと同じく誰からでも出る待ち。
掴んだのは樋口。
7pツモ切りで痛恨の8000放銃である。
第1の勝負所を、まずはニュータイプの守り屋池沢が制し、この半荘を取る。
3回戦終了時(カッコ内は3回戦成績)
池沢+58.1(+49.1)
水口+3.4(△21.8)
日向△29.8(+8.2)
樋口△31.7(△35.5)
トータルの1位2位、3位4位がそれぞれ入れ替わって最終戦に臨む。
4回戦(最終戦)
起家から水口、池沢、樋口、日向の順。
条件戦最終戦で有利なラスオヤを引いたのは日向。
2着目の水口が起家であるため、水口がこの半荘でよほど独走しない限り、最終局面では池沢vs日向になるだろう。
水口はトップを取って池沢を3着以下に落とすと、大体逆転。
日向・樋口はトップを取って池沢を3着に落とすと約3万点差をつけること、池沢をラスに落とした場合でも2万点差をつけることが必要になる。
東1局ドラ5m
南家池沢が北を2枚見送ってから、4巡目に白をポン。
345679s北北發西 ポン白
その後6巡目にイーシャンテン
345679s北北西西 ポン白
仕掛けるときも安全牌を残しながらの進行と、守備にぬかりがない。
対する日向は6巡目にイーシャンテン。
23455m223678s88p
9巡目に上家の樋口から2sが切られるが、日向は鳴かず。
先に述べたが、門前でマンガンになりそうな手牌は、鳴かない。
それがこの日に日向が決めていたことだ。
とはいえ、このテンパイ取らずは少々やりすぎな感もある。
確かに門前で仕上がればほぼ確実にマンガン級のアガリが期待できるが、鳴いてもドラでアガればマンガンだ。
池沢とは逆で、安全牌を持たずに門前での強行突破を試みる。
池沢はその後、
3456677s北北西西 ポン白
という形になっても打7sとし、あくまで安全牌候補の字牌に手をかけない。
そうこうしている間に追いついたオヤの水口が13巡目にリーチをかけ、1人テンパイで流局となった。
結果論だが、日向は2sを鳴いているとすぐに5mをツモっていたし、池沢は2枚切れの北をトイツ落とししていれば1000・2000のアガリがあった。
打点によりすぎた日向と、守備に寄りすぎた池沢という構図。
これをどのように修正またはそのまま強行突破していくかがカギになりそうである。
東1局1本場供託1000点ドラ5m
水口27000、池沢24000、樋口24000、日向24000
まず、意思を貫いたのは日向。
7巡目に下記からチートイツのテンパイを取らない。
5667p4456688s發發 ツモ7p
打發とし、タンピン二盃口を狙っていく。
ああ、これはすごい。
頭ではわかっても、なかなか打てるものではない。
次巡、日向が2枚目の發を手出しし、場に緊張が走る。
すると、この發を池沢が下記からポン。
12335p45778m北發發
一応8mを打って北を残したが、一手進むと、本手が入っているはずの日向に対する安全牌がなくなる仕掛けだ。
初めて見る、池沢の攻撃に寄った仕掛け。
2枚目の發を鳴いたことが、より一層池沢の攻撃への姿勢を映す。
1枚目から鳴いた場合、日向の2枚目手出し發を見て「ああ、本手が入っているのか。やっちゃったかな」と思うところ。
逆にトイツ落としが明確な2枚目を鳴いた場合、その心境はこうだ。
「發トイツ落としか。ここは日向の本手をつぶす!」
どうだろう。
1枚目から鳴く池沢より、2枚目に食いつく池沢の方が怖いと思うのは私だけではないはずである。
その後、池沢がすぐにツモアガリを決める。
34577m12335p ポン發 ツモ4p
500・1000は600・1100でまずは池沢が先制。
東3局1本場供託1000点ドラ2s
樋口23900、日向24900、水口24400、池沢25800
樋口が11巡目に高目ツモ6000オールを狙った強烈なリーチ。
567m34s66p白白白東東東
13巡目には水口が追いかけリーチで参戦し、すぐに樋口からアガリ。
234789s45678m88p ロン3m ドラ2sウラ3s
ウラも乗って8000。
池沢を3着に落とせばよい水口にとっては、ラスが池沢以外になることも全く問題ないため、樋口が沈んだことは許容範囲内。
南1局ドラ7s
そのままの並びで南入。
水口37300、池沢25800、樋口12000、日向24900
池沢にとっては、自身のオヤを除いて残る関門が3つ。
ここが最初の関門だ。
中盤に西家の樋口がテンパイ
西西北北北789p88m ポン發
この仕掛けを抑え込むべくオヤの水口が10巡目リーチ。
33445s789m789p中中
水口の目論見通り樋口は撤退する。
しかし、敵は樋口にあらず。
このとき日向が下記のイーシャンテン。
123p1225677s123m
自身で2sを切っているため、3sだけでなく4s7sを引いても2sで放銃となるが、5sを引いてのテンパイで放銃を回避する。
123p2255677s123m
6sは水口の現物で、ヤマに1枚生きている。
これは水口と日向の戦いになるだろう。
えっ?池沢?
オリるに決まってるでしょ。
12巡目の池沢。
346m224567p34789s
はいはい、現物の2p?3m?8s?
選び放題だが、まずは2pからか。
打7p。
へ?
5p6pがそれぞれ3枚ずつ見えているため、ダブルワンチャンスの打7p。
あれ?
もしかして、押・し・て・る?
次巡、中スジになった4sをツモ切り。
これは、明らかに押している。
通りそうな牌を切りながら、ベタオリはしないつもりだ。
そして、15巡目。
346m22456p34789s ツモ2s
3mなら水口の現物。
ただ、7mが3枚見えているため、6mもワンチャンス。
ワンチャンスやスジを切ってきたこれまでの感じなら、打6mで役あり現物待ちにするのが自然だろうか。
水口の河がこちら。
白南3m1p1s3p2p8p5m9p(リーチ)8s7s6s西
ピンズが全部手出しで、リーチ直前の5mが手出し。
池沢はこの5mに目を向けた。
「水口さんの5mが目立っていたので」
試合後にさらりとそう言った。
すなわち、池沢が選択したのは打3m。
6mを抑えてカン5mの役なしに受ける。
すると、次巡にラス牌の5mをツモって500・1000。
46m22456p234789s ツモ5m
こういうのもできるのか。
粘って、追いついて、自分の読みに預けられる。
その根底にあるのが守備だからブレ幅が小さい。
これを崩そうというのだから、対局者は大仕事だ。
南2局ドラ7s
池沢28800、樋口11500、日向24400、水口35300
追いかける3者にとってはこれ以上加点させるわけにはいかない池沢のオヤ番だったが、よりによって7巡目に「リーチ」の声は池沢。
そして、すぐに「ツモ」とあらば、いかに屈強な対局者であろうと少しは「池沢優勝」という4文字がちらつくというものだ。
23478999s666p56m ツモ4m(一発)
一発ツモで4000オール。
オヤ番がなくなった水口としては、これで一気に厳しくなった。池沢をまくるだけでなく、池沢を3着に落とさなければならないからだ。
南2局1本場ドラ北
池沢40800、樋口7500、日向20400、水口31300
ここでも池沢はドラ2の配牌を受け取ると、真っ直ぐに進め、加点を狙う。
しかし、ここでの主役は日向だった。
日向は続々とピンズを引き込んで一色手に向かう。
11124455679p89s
6巡目に放たれた生牌の8pには目もくれず、ヤマに手を伸ばし続けた日向が、10巡目にツモ6p、次巡に3pを引いてテンパイ。
1112344556679p
12巡目に意を決してリーチに出る。
9pはないが、8pは2枚ヤマ。
ヤマと日向の勝負に、水口も静かに参戦。
16巡目に、ドラを引き込んでテンパイを果たす。
779m11s99p東東南南北北
待ちはヤマに丸々残っていそうな1枚切れの9m。
これをすぐに日向が掴む。
口をつぐむ水口。
最後のツモをそのまま河に置いて2人テンパイで流局する。
水口のテンパイ形を見た池沢はどう思っただろうか。
「始まったか」
そう、これがタイトル戦決勝の最終戦。
追われる恐怖というやつだ。
南3局2本場供託1000点ドラ8m
樋口6000、日向20900、水口32800、池沢39300
11巡目に日向がリーチ。
67m22234p566778s
日向はオヤ番が残っているため、ある程度自由に攻めることができる。
同巡に水口もテンパイ。
45678m34568s678p ツモ4m
5mを切ればテンパイだが、どうするか。
現物は6pと6m。
ただ、もはやそういう話ではない。
何が通るかではなく、焦点は日向が水口からアガるかである。
長考に沈む水口。
ここでオリて、日向にアガられるとそれはそれできつい。
水口の手牌はリーチツモでハネ満になり、もしハネ満をツモれると、オーラスにマンガン直撃かハネ満ツモという現実的な条件が残る。
また、日向が水口からアガらない可能性もある。少なくとも前局、水口はその姿勢を見せて安心感という撒き餌をしておいた。
水口は5m切りリーチを選択。
日向は、どうするのか。
水口のリーチは自由にやらせてもよい。
水口に池沢をまくらせて並びをつくり、オーラスのオヤ番でそのまま2人をまくるというシナリオもある。
しかし、日向はこれに手牌を倒した。
67m22234p566778s ロン5m(一発)
いずれにしても大トップが必要な日向は、少しでも加点しておくことを選ぶ。
もし水口のリーチ宣言がなければ日向はどうしたのだろうか。
それでもたぶんアガっただろう。
池沢と1対1の勝負。
これが日向の選択した決着方法だ。
南4局1本場ドラ1m
日向32000、水口22700、池沢39300、樋口6000
日向が水口から1500をアガって連荘した1本場。
水口が魅せる。
日向の手牌が遅いと見るや、白とダブ南をポンして、池沢を止めに行く。
水口の条件は池沢からのハネ満直撃であるため、池沢の立場からこの仕掛けを見れば、ホンイツに絡む牌は打てない状況となる。
実際の手牌はこう。
東北66p667m ポン南 ポン白
いわゆるバラバラなのだが、これで池沢の手牌が止まれば御の字といったところ。
水口が池沢を止めている間に、手の遅かった日向が歩を進め、終盤にギリギリテンパイを果たす。
水口も終盤にテンパイし、2人テンパイで次局に望みをつないだ。
この局、池沢にはタンヤオ系の動ける手が入っており、水口の仕掛けがなければ池沢がアガった可能性が十分にあった。
水口のファインプレーで、勝負は本来なかったかもしれない次局に持ち越し。
そして次局、ドラマが起こる。
南4局2本場ドラ7s
日向33500、水口24200、池沢37800、樋口4500
日向が9巡目に、あまりうれしくないツモ2mでテンパイ。
13456m77889s456p ツモ2m
しかし、贅沢は言っていられない。
とにかく先制リーチをかけ続けることが必要な局面で早いテンパイを果たしたのだから、文句はない。
日向は9s切りリーチを敢行。
このリーチに対しては全員がオリていく。
しかし、3人でオリているため、当然だがなかなか安全牌が増えない。
17巡目、ついに安全牌が切れたのは池沢だった。
日向捨て牌
北1p東9m南西9p8m9s(リーチ)8p4p1p5p東9m2s
池沢手牌
33448s366p112455m
全て無スジなのだが、9sが4枚切れ、6sが3枚見えのワンチャンス。
9sがリーチ宣言牌であるため、単独の67sという形はなさそう。
とすると、5678sや6788s、またはシャンポンにしか当たらない。
仮にシャンポンだった場合にはドラが絡まないことが多いだろう。
そのような思考により、池沢が選んだのは打8s。
しかし、この8sがシャンポンで捕まり、しかもドラが絡むケースが目の前に披露される。
123456m7788s456p ロン8s
そうか、並びシャンポンか。そう思う間もなく、厳しい現実が突きつけられる。
ウラドラが8sで18000は18600。
絶対にこじ開けられないと思われた池沢から、ついに点棒の大量強奪に成功。
こじ開けたのは、愚直に続けた日向の門前攻勢だ。
南4局3本場ドラ9p
日向52100、水口24200、池沢19200、樋口4500
トータルでは、日向が池沢に5000点差まで迫った。
これで厳しくなったのは水口。この半荘のトップを取ればよいというシンプルな条件になったものの、トップの日向までは約3万点差。倍満直撃か3倍満ツモが必要になった。
しかも、日向はこの後どんどん逃げていくため、早めに捕えなければ役満ツモ条件すら消える可能性がある。
日向はアガリかテンパイを続け、池沢を引き離しにかかるだけ。
悪配牌ながら、真っ直ぐに進め、10巡目にツモ4p。
45688m123689p79s ツモ4p
さすがにここは7s9s外しが良いかと思われたが、絶対にノーテンだけは回避したい日向は、9p切り。
この選択がピタリとはまり、8sを引き入れ4p切りリーチとなった。
これで仕掛けた池沢を抑え込み、結果1人テンパイで池沢に2000点差のところまで詰め寄る。
南4局4本場供託1000点ドラ7m
日向54100、水口23200、池沢18200、樋口3500
前局に引き続き池沢が必死に仕掛ける。
水口の国士狙いが明白になったことを確認し、水口から7p、2pをチーし、中トイツ落としでタンヤオへ突き進む。
2268s35m中 チー234pチー768p
あれほど意識していた守備は跡形もなく消えた。
もう、進むしかないのだ。
13巡目に7sを引いてテンパイを果たす。
22678s35m チー234pチー768p
2つ鳴かせた水口も、国士イーシャンテンまできている。
1s9s1m9m1p7p9p東西白發中中
日向もイーシャンテン。
22456678m24p677s
ヤマに2枚生きていた4mを引いたのは日向。
22456678m24p677s ツモ4m
日向が長考に入る。
池沢はテンパイだ。
マンズとソウズは何が当たってもおかしくない。
3pは4枚切れているが、残りツモ3回となった今から2p4pを払うということは、残り3回中2回有効牌を引かなければならないということだ。
それよりは、受け入れが狭いながらも1回引けばテンパイする打4mの方がよいか。
最良の選択は何か。
現実的な選択は何か。
何が正解なんだよ!
日向、よくがんばったな。
本当におつかれさま。
良い麻雀を打ってくれてありがとう。
22678s35m チー234pチー768p ロン4m
最終結果
第13回野口恭一郎賞女性棋士部門受賞 池沢麻奈美
対局が終わるなり控室に駆け込み、日向は泣いた。
そして、とめどなく溢れる「あの場面はこうした方がよかったかなあ」。
「カメラに向かって一言」って言われたのに、全く終わる気配がない敗者の弁。
ここに来るまで、色々背負ってきたんだな。
みんなの思いを背負ってきたんだな。
練習に付き合ってくれた先輩や同期に申し訳なくて、応援してくれた人に申し訳なくて、自分がふがいなくて、涙が止まらなかった。
控室で最後にみんなで撮った写真。
(左から樋口・水口・池沢・日向・当日解説を務めた愛内よしえ)
日向だけ顔を押さえているのは、涙でクズクズだったからだ。
水口はこの日、明け方近くまでネット麻雀を打った。
たぎる思いを抑えきれなかったからだ。
会場では平然としているように見えたが、そんなわけないのだ。
樋口は翌日、ゲストとして呼ばれた麻雀店で、多くのお客さんに労いの言葉をかけられていた。
次もがんばります!
1つ1つの労いに、樋口らしく明るく応えた。
池沢よ、勝つっていうのはこういうものを背負っていくってことなんだよ。
タイトルを獲るってことは、敗者の思いとか、応援してくれる人の思いとか、それまでの歴史とか、そういうものが自然と肩に乗っかるってことなんだよ。
あなたにこのタイトルが背負えますか?
池沢は、名古屋の麻雀店で働いている。
この写真に写るメッセージは、クローバーのスタッフとお客さんが書いてくれた応援メッセージだそうだ。
試合のために名古屋から1人上京する池沢の背中を、これだけ多くの人が押す。
なんだ、もう背負ってるのか。
そりゃ強いはずだ。
対局前に応援メッセージをもらう選手を見かけるが、勤務先からこれだけ多くもらった選手を私は知らない。
池沢は、名古屋で麻雀店を展開しているひまわりグループ経営の「クローバー」という店に勤務する。
麻雀店勤務歴は、ひまわりグループの勤務歴と同じ7年目。いわゆる生え抜きだ。
クローバー代表として出場した夕刊フジ杯西日本大会で、当時アマチュアながら優勝。これを機に、日本プロ麻雀連盟の門を叩き3年目になる。
そんな池沢が、直近でやりたいことについて話してくれた。
「クローバーが11月にオープンしたばかりなので、まずはお店を盛り上げたいですね。今日も対局をお店のテレビで流していて、みんなで見てくれていますから」
地元を盛り上げる。
とにかくそこからだそうだ。
最後に、「目標とする選手は誰ですか?」と投げかけた私に、池沢はにこやかにこう答えた。
「目標とするプロは特にいません。憧れてしまったら、その時点で一生その人を超えられないので。自分がどこまでいけるか、それだけだと思っています」
大丈夫、池沢ならどこまででも行けるよ。
みんなの思い背負って、池沢がまた走り出す。
安心して預けよう。
第13回野口恭一郎賞、池沢麻奈美。
行き先は「まだ見ぬ自分」だ。