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おかっつあんの有難味  脚本・底辺亭底辺
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おかっつあんの有難味  脚本・底辺亭底辺

2017-06-11 16:02
    何度か見かけて印象に残っていた小噺を膨らませた。
    原話は笑府あたりまで遡れるのだろうか?
    詳細を御存知の方がおられれば御教示頂ければありがたい。



    アニメ版は下記URLリンクにて公開。 
    http://www.nicovideo.jp/watch/1497164592







    【脚本】 底辺亭底辺


    え~
    昔から「馬鹿な子ほど可愛い」と申します。
    なるほど~、アタシが可愛がられて育ったのは、その所為だったんですね。
    おとっつあん、おかっつあん、ありがとうございます。

    一方、全く反対の言葉もあります。
    「親の甘茶が毒となる」
    へへへ、心当たりがありますか?
    今考えれば、アタシが馬鹿なのは、その所為だったんですね。
    おとっつあん、おかっつあん、アンタらの所為だよ~

    馬鹿な子だから可愛がられるのか
    可愛がられたから馬鹿になるのか

    哲学的な難問ですな。
    卵が先か鶏が先かってねww


    勿論、こんな事は今に始まったこっちゃない。
    江戸の頃にも、似たような話で皆が盛り上がってたそうです。


    皆様ご存知の能登屋さん。
    はい、その通り。
    花のお江戸でも知らない人は居ない大店の中の大店で御座います。

    能登屋の大旦那様は、その名の通り能登の貧しい漁村からお江戸に丁稚に来て…
    北国の人間特有の勤勉な働きでもって…
    夫婦で苦難の二人三脚…
    たったの一代であの能登屋を築き上げた…

    ははは失礼。
    こんな有名な話をアタシみたいな若造が物知り顔で語っちゃあいけませんな。
    はい、仰る通り。
    能登屋さんの一代記は将軍様の御耳にまで届いてますものね。


    あ~、でもこの話は知らない方の方が多いんじゃありませんか?
    能登屋さんちの若旦那。

    ん~?
    あ~、やっぱり御存知ないですか。

    吉原界隈じゃあ有名な人なんですけどね。
    居るんですよ。
    放蕩息子が…

    大旦那様がお歳を召されてから授かった子供でね…
    おまけに奥様が身体を壊してしまう程の難産だったそうで…
    御夫婦共自分には厳しいお方ですけれども、まあついついお子さんは甘やかしてしまったのかも知れませんねぇ。
    とんでもない放蕩息子に育っちまったんですよ。

    もう店の金を勝手に持ち出して遊ぶ遊ぶ。
    暮れから明けまでお酒に花魁、明けから暮れまで歌舞伎に割烹。
    あまりの豪遊ぶりに、「お忍びの若様か何かだ」って噂されてたほどです。

    そんな生活が何年も続いて…
    流石に大旦那様も堪忍袋の緒が切れて、まあ座敷牢ですね。

    牢屋の越しに大旦那様と奥様が、夫婦揃って泣きながら、
    「どうか心を入れ替えてくれ」
    と若旦那を諭したそうですよ。

    ところが、親の心子知らず。
    若旦那は牢を抜け出して遊びに行くことしか考えていない。



    「お~い、誰ぞ誰ぞ居らんかいえ~。」

    『若旦那様、そんな大声を出されては困ります。』

    「おおう、見ない顔だねえ。 新しく入った丁稚どんかいや?」

    『先年、手代にして頂いた者で御座います。』

    「あっ、そうかいww  へへへww  すまないね、あんまり店に顔を出さないものだから。」

    『それでは、あまり大声を出されないように。』

    「ちょっと待っておくれよお!!  アタシをここから出してくれる為に来たんじゃないのかい!」

    『いえ。 大旦那様より、【若旦那様が心を入れ替えるまでは絶対に出してはならない】と仰せつかっております。』

    「えへへへ。 入れ替えた入れ替えた!  アタシはすっかり改心してるよ!  
     明日からは! 明日からは真面目に店の仕事を覚えるからさあ!」

    『本当で御座いますか?』

    「本当本当! アタシの目を見ておくれ♪ 
    この曇りのない眼(まなこ)が嘘を吐いてるように見えるかい!」

    『去年、店のお金を持ち出した時も、その様な事を仰っておられましたよね?』

    「え~。  そ、そんなこともあったかねえ?  
    人違いか何かじゃあないかい?」

    『いえ、確かにあれは若旦那様でしたよ。』

    「え、えへへ。  参ったね、全く…」

    『それでは、私は仕事が残っておりますので。』

    「待ってくれよ番頭さん!」

    『手代で御座います。』

    「いけね、そうだった。
    待っておくれよ手代さん!」

    『何か?』

    「ずっとこんな座敷牢にいたんじゃ気が滅入るよ。
    せめて、腕だけでも出させて下さいな!

    一本!  格子の棒を一本だけ外してくんな。」

    『…まあ、格子の一本くらいでしたら…』

    「えへへ~!!  腕だけなんて嘘(うっそ)だよ~んww
    アタシは身体が柔らかいからね!!
    この隙間から出てやりますよ!!

    えっへっへ!
    どうだい!
    もう体半分抜け出てやりましたよwww!!!」


    『あ!  若旦那様!!  能登屋の跡取りともあろうお方が何と姑息な!!』

    「えっへっへ~www
    騙される方が悪いんですよwww
    アンタはまだまだ丁稚だねえ!!!



    …って
    あれ?
    隙間が小さ過ぎて

    っ!
    で、出られないよ~!!」

    『あ、はい。
    まあ、そりゃあ、流石に…
    出られないでしょうけど。』

    「何を冷静にしてるんですか!
    早く助けて下さいよ!!

    い、痛い!  いたたたた!!」

    『若旦那様!!  今人を呼んできますんで動かないで!!!』




    はい。
    その後、能登屋の皆さんは丸一日掛けて牢屋の格子に挟まった若旦那を助けたみたいですよ。
    医者や大工まで駆けつけて大騒動だったらしいですww


    え?
    若旦那はどうなったかって?
    まあ、心を入れ替えた、とまでは行きませんが。
    最近は真面目に商いの勉強を始めたようですよ。


    何でも、壊れちまった座敷牢の格子を見て
    「産みの苦しみ」ってものを実感しちまったらしいです。

    腹を痛めて自分を産んでくれたおかっつあんの苦労…
    少しは解ったらしいですな。



    お後はきっと宜しいでしょう。





    牢屋を子宮に、己の救出劇を難産に置き換えて母親の有難味に思い至る話である。
    普遍的なテーマなので、類話探しには困らないと思う。



    【用語説明】

    丁稚・手代・番頭は商家の役職名である。
    (上方では丁稚、江戸では小僧と呼ぶ)

    丁稚は見習い身分。
    大体10歳~12歳位から丁稚奉公が始まる。
    (口減らしで田舎から送り込まれて来る。)
    無給で奉公する代わりに衣食住が支給され、商家教育を受けることが出来た。
    業務内容は、雑用や力仕事など。

    18前後で手代に昇格する。
    手代に昇格すると給与が支給され、業務内容も接客・営業などの実務的なものに代わる。

    手代の中から優秀な者が番頭(支店長クラス)として抜擢される。
    勿論、商家奉公人全てが番頭になれる訳ではない。
    そこまで昇格出来るのは、忠義と能力を認められた一握りの者だけである。

    例えば、現在の三井グループの原型である越後屋では、番頭の地位にまで辿り着けるのは300人に一人程度しかいなかった。


    ※活字にすると非人道的なシステムに見えるが、現代社会も似たような構造で成り立っている。




    若旦那は、商家の跡取り息子を指す。
    落語でも浄瑠璃でも、大抵は放蕩人として描かれている。

    丁稚から番頭の商人育成システムに乗らずに成長するので、
    彼らが商業的資質に欠けるのもある意味仕方ないのかも知れない。

    無論、「ボンボンだから浪費しても仕方ない」では済まされないので
    上方では破産防止策として、商家の後継者は優秀な番頭から選抜されるようになった。
    子供には経営権が与えられない代わりに、財産が譲られた。
    (それでも使い果たしてしまう不心得者が後を絶たなかった訳であるが…)

    日本に比較的老舗が多いのは、この様なシステムの存在にも起因するのかも知れない。


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    底辺亭底辺の「今日も底辺!」
    更新頻度: 鬱時に長文投下します
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