「風味、味わい」のような意味を持つ"saveur"をちょっと和風に発音しての、さぼうる。雑食系映画紹介人、松本典子がオススメ映画をお届けします。連載9回目は『希望のかなた』を。木枯らし吹く季節になると、気落ちがほっこりするような作品を観たくなっちゃいますよね。アキ・カウリスマキ監督の最新作、みんなの幸せを願いたくなる"ほっこり"な1本です。 宮崎あおいのフィンランド語CM、覚えてる?
あのタッチが気になったアナタになら100%オススメしたい!

数年前、宮崎あおいがフィンランド語で会話するショートフィルム仕立てのCMがあったこと、覚えてらっしゃいます? earth music & ecologyが連作で発表していたアキ・カウリスマキ監督へのオマージュのシリーズ広告です。そんなこと知らない人も「お、かわいいな」と記憶に残っているのでは、と。ぶっきらぼうな登場人物たちが不思議とユーモラス、苦みも甘みも味わい深い......そんな空気感が記憶に残っている方にはぜひ、このカウリスマキ監督作を観て欲しいのです。

フィンランドの首都ヘルシンキの港に、ある貨物船が着くところから『希望のかなた』は始まります。降りてきたのは、シリアのアレッポから戦火を逃れてヨーロッパ各地を経ている時に生き別れてしまった妹を探す青年、カリード。難民申請を出すも却下され、強制送還を避けるべく逃亡した彼は、夜の街で難民を目の敵にするネオナチ一派に襲われます。

© SPUTNIK OY, 2017

そんなとき出会ったのが、もう一人の主人公であるヴィクストロム。アル中の古女房に愛想を尽かしたこの中年男は、小さなトランクひとつ(とマイカー)で家出。何もかもやり直したかったのでしょうね、裏カジノで一夜にして稼いだ大金で居抜きのレストランを買い取ります。もれなくついて来た従業員たちは、出来損ないではあるけれど憎めないタイプ。殺風景なレストランの壁には、なぜかジミ・ヘンドリックスのポスターが......そんな、パッとはしないけれど居心地のよさそうな環境にカリードも仲間入りします。

作中いちばんのファンタジーどころ(!)
妙ちきりんな"寿司の夕べ"を撮った監督の意図とは?

© SPUTNIK OY, 2017

アキ・カウリスマキの作品は、どれも寓話めいたところがあり、ときに不思議な夢を見ているような気持ちにさせられます。本作で言えば、売上が落ちるレストランの起死回生策として、人気の寿司を振る舞おうという一夜。次第に仲間意識が育って来た彼らの奮闘ぶり、こちらも応援したくなります。とはいえ、日本食の本を買い込んでのにわか勉強ですから私たちにとってはツッコミどころしかない噴飯シーンでもある(苦笑)。テーブルセッティングからユニフォームやら、何から何までが律儀にトンチンカンですから、「欧米人による日本文化の誤解っぷりを、実は皮肉っている?」という裏読みなどもお好みで(ちなみに、カウリスマキ監督自身は渋谷に通い詰める寿司屋があるそう。さらに、彼は小津安二郎監督の大ファンです)。

では、なぜこんなシーンを? と考えてみたのですが。難民が置かれた苦い境遇に目を向けた本作で、ほんのひとときそんな現実から離れられるといいよね、小さなファンタジーはそこにも潜んでいるはずという監督の希望的メッセージ、気持ちの表れではないかなと思うのです。カリードの難民申請シーンを現実的に描写しているのとは対照的です。

冒頭の歌のフレーズも聴き逃さないで
果たして、希望はかなたに見えてくるのか?

お酒を絶って立ち直った元妻に、ヴィクストロムはレストランのマネージャーを頼めないかと持ちかけます。カリードの妹も、ヴィクストロムの采配によって無事にフィンランドへ。平凡な人たちの善意の積み重ねで、少しずつではあるが状況は上向きに。我々もホッとできるのですが......。

© SPUTNIK OY, 2017

ラストシーン、感情をあまり出さずにいたカリードがようやく清々しい笑顔で青空を仰ぎます。希望が見えたようにも思える一方、ここで映画の冒頭で登場していたある歌のフレーズがどうしても気になってしまった筆者です。本作をご覧になったら、ぜひ冒頭からチェックしておいてくださいね。いろいろな解釈を可能にさせる、余韻を増すエンディングとなるはずですから。

難民は社会に侵入して仕事や何かをかすめ取る、と決めつけるヨーロッパの風潮を打ち砕きたかったという監督(まだ難民や移民が少ない日本にも、似たような風潮がある気がします)。本作ではカリードとヴィクストロム、周囲の人たちそれぞれがきちんと浮き彫りになっているから、「みんな同じ人間だと分かってもらいたかった。今日は"彼"や"彼女"が難民だけど、明日はあなたが難民になるかもしれないんだ」という彼のメッセージも確実に読み取れるはず。簡潔な仕立てやセリフ回し、省略を駆使したテンポのよいストーリー運びが、毎度のことながらカウリスマキならでは。訥々としていながら、実に旨い語り手なのだといつも思います。

『ル・アーブルの靴みがき』(2011年、これも必見)から始まった「港町三部作」は、こんな世界情勢を憂慮してやまないカウリスマキ監督が『希望のかなた』制作の過程で「難民三部作」と呼び名を変えたそうです。次なる3本目はハッピーなコメディにしたいと監督。そんな脚本にしたくなる世の中でありますように、と願わずにはいられません。

希望のかなた
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネンほか
配給:ユーロスペース

12月2日(土)渋谷・ユーロスペースにて公開中、全国順次公開

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