その言葉こそ世に浸透しつつありますが、私たちは、最終的にどこを目指せばよいのでしょう?
「我が家に帰り、全ての人の家を守ること」と説くのは、アメリカ、カリフォルニア出身のバリー・カーズィンさんです。バリーさんは、アメリカで西洋医師として活動した後にチベット仏教の道に入るという、たいへん変わった経歴の持ち主。現在はダライ・ラマ法王の担当医として、高僧の方々の医療的ケアや慈善医療を行っていたり、日本を含む世界各国で、心の科学やリーダーシップなどのレクチャー、瞑想のリードなども行なっている方です。
東京・表参道にあり、ヨガ以外にもさまざまなワークショップが体験できるコンセプトスタジオvedaに先日バリーさんが来訪。「エゴからエコへ〜エシカルリーダーのためのマインドフルネス」と題し、西洋医学の理論的な視点、僧侶としてのスピリチュアルな視点、両方から見えてくる、新しい時代に必要な生活のあり方、心のあり方についてレクチャーを開きました。
家に帰るって、一体どういうこと?
バリー・カーズィンさんバリーさん :
今、世界や社会、人々の暮らしがおかしくなってきていると感じています。街を歩くと、みな携帯を見て、周りに気を配っていません。そして本当の自分を見る、という視点が欠けていますね。本当の自分、それを私は「家に帰る」と表現します。その家に帰るという意味を、今日はみなさんにお伝えできたらいいと思います。
バリーさんによれば、私たちに帰る家があるように、内側にもいつも立ち戻っていく本当の自分、つまり「我が家(ホーム)」があると言います。その家は誰の心の中にもありますが、普段はそこから目をそらし、離れてしまっているということです。
でも自分の内なる我が家に帰るって、一体どういうことなのでしょう?
バリーさん :
たとえばヨガとは、サンスクリット語で「繋がる、一体になる」という意味です。それは心と体が一体になることを指しています。伝統的なヨガは単なる健康法ではなく、身体の訓練をすると当時に、心の集中を高めることを行なってきました。
マインドフルネスは最近とてもよく使われている言葉ですね。その意味は、私たちの内側、内的な人生を観察するということに尽きます。
もし、自分の内面を観察して、そこに怒りや、嫉妬などネガティブな要素を見つけたら、それをポジティブなものに変換する方法を学んでいくのです。
では、具体的にはどのようにするのでしょう?
バリーさん :
「怒り」という感情を例にします。怒りは激しくなりすぎると対処ができません。ですから、初期の段階で兆候に気がつく必要があります。自分が常に何を感じているのか、何を考えているのか、観察している必要があります。
怒りが出始めていることに気づけるようになったら、怒りが雲のように空に浮かんでいるところを想像しましょう。その雲が空を漂って行って、自分の怒りと共に消えて行く、とイメージします。
でも一回ではうまくいきません。怒りは長い間に、心の奥深くまで溜まっているので、すぐには失くなりません。何回もそれを続けることによって上手になるのです。
たしかに。私たちが生きている今ここ、身体、それが私たちの「我が家」。でも普段の忙しい生活の中で、ついスマホなどを夢中で見ているうちに、心は遠くへ彷徨って自分の家を忘れてしまいます。
その注意をしっかり自分自身に引き戻して、心と体をひとつに調和させていく、それがバリーさんの言う「家に帰る」ということなのです。
ならば「家」もケアしよう。地球だって我が家です
「家」というのは、なにも生活の拠点のことだけではなく、もっと広いエリアを指すようです。
バリーさん :
世界中の人々全ての「家」が守られなければなりません。全ての人々が住んでいる場所、それがこの母なる地球です。
この地球という全ての人々の家をケアすることは、全ての人々のケアをし、大事にすることに繋がっていくのです。
なるほど、私たちが内なる家に帰るためには、私たち全ての人々の家である地球、それをケアしていくのは必要不可欠です。その為に私たちは何をしたらいいのでしょうか?
バリーさん :
まず、クリーンエネルギーを使うことです。可能なら電気自動車やハイブリッドカーを使う。そして普段からできて、全ての人々のケアに繋がることは、家を出る時に必ず電気や暖房、冷房を消す。買い物の時にエコバッグを使う。リサイクルできるゴミはきちんと洗って出すなどです。
簡単なことですが、本当に役に立つんですよ! こうしたエシカルな行動で次の世代が変わります、世界の全ての人々に影響していきます。
電気を消す、エコバックを使う。子どもにもできるようなことを、バリーさんが地球を守る為の行動としてわざわざ上げたのは目からウロコでした。しかし、マインドフルネスって本来そういうこと。
自分の日々の行いに気づきを向ける、それがまさにマインドフルネスの実践です。自分の内なる家に帰ることと、地球という家を守ることが、日常の小さな行動を通してひとつに繋がっていくのを、このレクチャーで学びました。
「与える精神」を忘れないで
バリーさん :
私たちが今いる世界は、経済などの成長は永遠に続くと考えていますが、そのモデルを考え直す必要があると思います。このモデルは私たちの「貪欲」さに基づいているからです。貪欲さの逆は、寛大さ、与えることです。
これからのエシカルリーダーに一番必要なことは与える精神、寛大であること。誠意と正直さ、そして他者への慈悲です。リーダーは他の人々のモデルとならなければなりません。
ですからどうか、自分の子供だけでなく周りの子供たちにも親切にしてあげてください。そして先ほど示したような地球を守る行動に、みなさん一人ひとりが関わってください。
最後の10分、バリーさんとともに瞑想をしました。鼻の下の小さな部分で感じる呼吸に意識を向けつつ半眼で座る、ベーシックな瞑想法です。空気がしんと静まり、一呼吸ごとに外側に向かった意識が、自分の中心へと戻っていきます。
環境問題というとつい身構えてしまいがちですが、自分の戻るべき「家」と捉えれば、住みよくしたい気持ちになります。ときには少し瞑想をして、「我が家」に帰る練習をしてみましょう。
バリー・カーズィンさん(Dr. Barry Kerzin)
アメリカ・カリフォルニア出身、インド・ダラムサラ在住。大学教授・チベット仏教僧侶・医師(ダライ・ラマ法王第14世の医師)。ワシントン大学客員教授、香港大学名誉教授、マックス・プランク研究所(ドイツ)「瞑想と慈悲の訓練の長期的研究」顧問、一般社団法人ヒューマンバリュー総合研究所(Human Values Institute)所長及び代表理事。
アメリカ家庭医学会認定医。インド・ブッダガヤにて、ダライ・ラマ法王第14世から比丘(ビクシュ、僧侶) の戒を受ける。医師としてもダライ・ラマ法王を始めとする高僧の方々の医療的ケアや慈善医療を30年以上行なっている。近年は僧侶と医師・科学者両方の視点を通した講話活動も世界各国で実施している他、グーグルジャパンやユニリーバなどの従業員向けにマインドフルネスなどのトレーニングも行っている。
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[ vedatokyo ]撮影:Masanao Suzuki、イラスト:若山ゆりこ