人は「メンタルモデル」に縛られている
本書は、人間の幸福やウェル・ビーイングについて研究する慶應義塾大学大学院教授、前野隆司(まえの・たかし)先生が、各界のエキスパートとともに人間の無意識について対話を深めていく「無意識シリーズ」の4冊目。
今回は、グローバル企業で人材開発を担当するチームのマネージャーになったことから、無意識のメカニズムである「メンタルモデル」の研究を始めた由佐美加子(ゆさ・みかこ)さんとの対談が収録されています。
アカデミズムの世界で、科学的なアプローチから心の問題を考えてきた前野先生に対し、由佐さんはおもにビジネスの世界で、人間の心と行動の相関関係を見つめてきました。
人が会社を辞めていく、経営陣がまとまらない、ハラスメントが起きている……そうした問題に対し、会社という強固なシステムの外側から対策を講じても、一向に解決しない。
そこで由佐さんが試みたのが、外側ではなく、心の内側からのアプローチ。1,000人を超える個人セッションを通して見えてきたのは、人はそれぞれ、自分にとっての急所となる「心の痛み」を避けるための信念、つまり「メンタルモデル」を無意識に持っていること。その信念が自分を縛り、不本意な現実や過ちのパターンを生じさせているということでした。
痛みを回避するための「生存適合OS」
本来「メンタルモデル」は認知心理学の概念のひとつで、現実を認知する前提にある思い込みや既成概念を意味しています。
由佐さんは、2019年に刊行した天外伺朗氏との共著『ザ・メンタルモデル』(内外出版社) でこの概念を発展させ、「人間の根幹にある無自覚な信念」と定義しました。
由佐
その作業を続けていたあるとき、人々の奥底にある痛みからつくり出された信念(=メンタルモデル)が、価値なしモデル(私には価値がない)、愛なしモデル(わたしは愛されない)、ひとりぼっちモデル(わたしはひとりぼっちだ)、欠陥欠損モデル(わたしには何かが決定的に欠けている)の4種類に集約できることが見えてきたんです。
(『無意識がわかれば人生が変わる』28ページより引用)
「人々の奥底にある痛み」とは、「自分が望むほど愛されない」「大切な人と引き離される」といった、誰もが子供時代に感じる寂しさや孤独の萌芽のようなものです。
メンタルモデルは、その「痛み」を避けるために、人が知らないうちに育て上げてしまった「生存適合OS」だと由佐さんはいいます。しかし本人にその自覚はなく、自分が日々やっていることを「良いことだ」「意味のあることだ」と頭で正当化しています。
自分の傾向を認識することができれば、行動する前に「あ! 自分はこんなことをしているのか」とリアルに気づけるようになる。このプロセスを通じて、自分を無意識の縛りから解き放つことができるのです。
4つのメンタルモデルの特性は?
4つのメンタルモデルは、それぞれが違う特性を持っています。
「価値なしモデル」は、成果(仕事などのパフォーマンス)を通して自分を認めてもらいたい人。企業で出世する人にも多いモデルですが、常に他人軸で生きるため、自分を見失いやすい側面があります。
「愛なしモデル」は、ありのままの自分に自信がなく、人に過剰に尽くしてしまう人。相手を不快にさせる言動ができず、思うように愛されないといった失望も抱きがちです。
「欠陥欠損モデル」は、とにかく「自分はダメだ」という思いが強い人。努力家なのに、人に何かを要求されると不安にかられ、心の平安を感じることができません。会社組織からドロップアウトする人も多いとか。
そして「ひとりぼっちモデル」は、常に自分や人、世界を割り切って捉え、なくならない孤独を抱えています。人間よりも、動物や自然など非言語が感じられる世界が好きという人が多く、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんはこのモデルではないか、と由佐さんは述べています。
前野先生をホロリとさせた由佐さんの言葉
4つのモデルの存在を知ると、「自分はどれなんだろう?」と気になってきますよね。前野先生も、自分のモデルには興味津々。ご自身では「ひとりぼっちモデル」だと思っていたそうですが、由佐さんに「欠陥欠損モデルだと思う」と指摘され、思い悩むシーンが本書のあちこちに登場します。
由佐さんによると、そもそもメンタルモデルは4つのうちひとつだけを持っているというものではなく、程度の濃淡は違えど、誰もが全部の要素を持っているのだそう。
ただ、本書で前野先生と由佐さんの対話を読むと、明らかに自分の心に深く響くモデルと、そうではないモデルがあることに気づく人が多いと思います。それは、特定の体験が「痛み」となるのは、「こういう世界が本当はあるはずだ」という欲求の裏返しであり、そこにその人の本当の願いが隠されているからです。
由佐
欠陥欠損モデルの人は、人の多様性を「美しさ」として見ることができる。どんな凸凹の凹も凸に見ることができる。そういう人がつくる組織でないと、本当のティール型にはならないのではないか、とわたしは考えています。
前野
なるほどねえ。
由佐
ピラミッドのような上下関係ではなく、みんなの良いところが引き出されて、輝ける組織をつくれるのは、欠陥欠損のリーダーしかいないんじゃないでしょうか。
前野
うわ、その言葉だけで涙が出てくる。そんな組織をつくりたいなあ。やはり僕は欠陥欠損なのかも。
由佐
そうですよね。だから欠陥欠損モデルの人は、プロデューサーに向いていると思っています。
(『無意識がわかれば人生が変わる』64~65ページより引用)
痛みの裏側にあるのは、本当に創り出したい世界
由佐さんの言葉に前野先生の涙腺がゆるんだように、4つのメンタルモデルの痛みの裏側にあるのは、それぞれが本当につくり出したい世界です。
価値なしモデルは、行動成果ではなく存在そのものに価値がある世界。愛なしモデルは、無条件の愛を分かち合える世界。欠陥欠損モデルは、すべての多様性が受け入れられる世界。ひとりぼっちモデルは、大いなる生命につながって人間が生きるというワンネスを取り戻したい、という願いを秘めています。
由佐
4つのメンタルモデルの求めるものが、わたしたち人間が心の奥で本当に願っていることだとしたら、美しいなあと思うんです。みんながそこに気づけるといい。痛みや辛さはそのためにあったんだとわかったら、自分のことを素晴らしいと思えるようになり、人生に肯定的な感覚が持てるんじゃないでしょうか。
(『無意識がわかれば人生が変わる』39ページより引用)
4つのメンタルモデルを知ることで、私たちは自然に「生存適合OS」の外側の世界を見ることができるようになると由佐さんはいいます。
「人間はどうして、この世界にある不本意な現実を変えることができないのか」──由佐さんと同じように、そう思い悩んだ経験がある人は、ぜひ本書を手にとってみてください。
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