「おばさん」をキーワードに、揺らぐ年齢観や女性の価値観の変化を、歴史社会学者の田中ひかるさんがつづる連載、第8回目は、おばさんと呼ばれることに慣れていない中高年女性が多い理由について考えます。

30歳女性の過半数が将来、孫なし?

最近の中高年女性は「おばさん」呼ばわりに慣れていないため、いきなり他人からそう呼ばれるとギョッとする、ということを前回書きました。なぜ慣れていないのでしょうか。

私が子どもの頃(今から40年くらい前)は、友達のお母さんを遠慮なく「おばちゃん」と呼んでいましたが、最近の子どもは母親同士の呼び方にならい「〇〇ちゃんママ」と呼ぶことが多いようです。

よその子どもどころか、身内の子どもからも「おばさん(おばちゃん)」と呼ばれたことがない女性も増えています。

少子化の影響で、いまや姪も甥もいないという人は珍しくありません。自分が一人っ子、あるいはきょうだいがいても、そのきょうだいに子どもがいなければ、姪も甥も存在しません。

さらに姪や甥がいても、「おばさん」ではなく名前で呼ばれている、という人が増えています。

今後、出生率が上向くとは思えないので、身内からも「おばさん」と呼ばれることがないまま、40代、50代、60代に突入する女性は増える一方でしょう。

参考までに、1990年生まれの女性(現在29~30歳)が一生子どもを持たない割合は35.5%と予想されています。さらに、孫を持たない割合は、過半数を超えそうな勢いです(※)。すると、「おばさん」同様、いきなり他人から「おばあさん(おばあちゃん)」と呼ばれる女性も増えると思います。

※ 国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口――2011~2060年』表Ⅲ-3-6「中位仮定に基づくコーホート指標」

消えた「おばさん」たち

かつては親戚のおばさん以外にも、子どもたちの周辺には「おばさん」がたくさんいました。「給食のおばさん」「みどりのおばさん」「学研のおばさん」「ヤクルトおばさん」などなど

給食調理室には、若い女性もいたのかもしれませんが、私は先生方の呼び方にならって「給食のおばさん」と呼んでいました。娘に、「今は給食を作ってくれてる人たちのことを、何て呼んでいるの?」と尋ねると、「調理さん」という答えが返ってきました。たしかにそれで十分通じます。男性の「調理さん」も多いので、「給食を作っている人=女性」という認識はそもそも誤りです。

「みどりのおばさん」は、緑色の制服を着て「交通安全」と書かれた黄色い旗を持ち、児童たちが安全に登下校できるように誘導してくださった女性たちのことです。

正式名称は「学童擁護員」で、1959年に母子世帯の雇用対策として東京都が始めたのが最初です。現在は、制度自体が廃止され、「シルバー人材センター」やボランティアに頼る自治体が増えたため、「みどりのおばさん」という呼称も聞かなくなりました。

「学研のおばさん」は、学習研究社(当時)発行の教育雑誌『学習』や『科学』を配達していましたが、2010年に両誌とも休刊となりました。私の周辺では「学研のおばさん」と呼ばれていましたが、コマーシャルソングでは「学研のおばちゃん」と歌われており、全国的には「おばちゃん」が主流だったようです。

「ヤクルトおばさん」は、現在の「ヤクルトレディ」のことです。ヤクルト本社に問い合わせたところ、販売員の年齢層が若くなったことに加え、「おばさん」という呼称が女性蔑視的であるため、改称したとのことです。ただし、「男女雇用機会均等法」のもと、公称はあくまで「ヤクルトスタッフ」とのことでした。

身近にたくさんいた「おばさん」たちがいなくなってしまったことで、「おばさん」という言葉に対する免疫がなくなったことも、「おばさん」呼ばわりにギョッとしてしまう一因でしょう。

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田中ひかる(たなか・ひかる)さん
歴史社会学者。1970年、東京都生まれ。女性に関するテーマを中心に、執筆・講演活動を行っている。近著『明治を生きた男装の女医―高橋瑞物語』(中央公論新社)ほか、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史』(角川ソフィア文庫)など著書多数。公式サイト

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