世のつねのこととも更に思ほえずはじめてものを思ふ朝は
(『和泉式部日記』[角川文庫] p15より引用)
「これをありふれた恋だなんて思えない! こんなに気持ちが乱れる朝ははじめて」(意訳)。
こんな純粋な恋心を詠んだのは、平安時代の女流歌人、和泉式部。彼女は道貞という夫をもつものの、為尊親王、敦道親王との恋に生きることを選びました。けっして身分が高いわけでも、絶世の美女だったわけでもない彼女が、男性を魅了してやまなかったのはなぜでしょうか?
和泉式部が美人でなくてもモテたワケ率直な文章力? いや、恋の気持ちを直球で押し付け続けたら男性は逃げていってしまうでしょう。思うに、和泉式部は「男性との距離感」が絶妙だったのではないでしょうか。それを示すかのようなこんな歌があります。
待たましもかばかりこそはあらましか思ひもかけぬ今日の夕暮れ
(『和泉式部日記』/角川文庫 p16より引用)
「今夜あなたが忙しくて来られないことはわかってるから。だから待ってなんかない。でも今日の夕暮れ、思いがけなくせつなかったなあ......」(意訳)
彼女は恋に夢中になりすぎません。忙しい相手に無理をしてでも会いたいなどの我儘は言わないのです。でも、駆けつけてくれない寂しさを夕暮れに託して伝えています。すがらない、でも恋心は伝える。これがツボの1です。
女性が恋に期待しすぎていないと知ったら、男は安心して恋に踏み込んで行けるものです。
こころみに雨も降らなん宿過ぎて空行く月の影やとまると
(『和泉式部日記』/角川文庫 p32より引用)
「雨でも降ってくれないかな。そうすれば空を通り過ぎる月みたいにうちの前を過ぎ去って行くあなたが、ここに泊ってくれるだろうに」(意訳)
「私はあなたのことが好きです!」と女性に面と向かって言われたら男性は身構えてしまいがちです。でも和泉式部にように「雨があなたを立ち止まらせてくれたら嬉しいな」とつぶやかれたら、男性はきっとその女性のもとに駆けつけずにはいられないのではないでしょうか。
相手に答えを迫らずに、気持ちをつぶやく。これがツボの2。
そしてツボの3は、かわいくすねる。相手とすれ違っていると感じた時。相手を責めずに、キュートにすねてみせるのです。
今はよもきしもせじかし大水の深き心はかはと見せつつかひなくなん
(『和泉式部日記』/角川文庫 p23, 24より引用)
「あなたは私のことを想ってるって言うし、深い河のように愛も深いなんて言ってみちゃってるけど、今ここに来てはくれない......あのね、言葉だけじゃどうしようもないことってあるのよ」(意訳)
以上が和泉式部が男性の気持を虜にした3つのツボだと思います。そこには、男性の気持をしめつけない、自分の気持を押し付けない「言葉の優雅さ」があるように思いました。
時代は違えど、言葉が恋のカナメであることに変わりはありません。男性とうまく気持ちが通じないときがあったら、「優雅さ」がポイントになる、そんな気がします。
[和泉式部日記]
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