実際は、確実には理解できません。極端なことを言うと、親兄弟や親戚、10年以上の親友など、どんなに自分に親しい人でも、もしくは逆にまったく知らない人でも、他人のことは理解できません。他人の頭の中を覗きみて、気持ちや考えていることを直接知ることはできません。
このような恐ろしい事実に気づくと、人間の健全な意識にある存在意義のようなものが崩壊してしまうかもしれません。しかし、創造性について言えば、他人のことはわからないと思うことで、気持ちが解放されます。
人間はもともと比較する生き物です。幸せの、少なくともその一部は「他人よりもまし」と思う気持ちによるものです。研究によると、ほとんどの人は、たとえ全体的に見たら少ない稼ぎでも、同僚よりは多く稼ぎたいと思っていることがわかりました。クリエイティブな成果に関しても同じような判断をしています。他人の成果より良ければ、それを成功だと考えます。
しかし、そこには大きな問題が隠れています。私たちは、りんごとオレンジを比べているのです。つまり、自分の内側と他人の外側を比べているということです。たとえば、ステージ上でとても滑らかにプレゼンテーションをしている男性がいて、あなたは緊張してしながら自分の順番が来るのを舞台袖で待っているとします。ステージ上の男性は、本当はパニック状態で内心ボロボロかもしれませんが、そんなことをあなたは知るよしもありません。
実際、ステージ上の男性が本当にうまくやっていたとしても、おそらく内心はバクバクしています。研究者は、そのような状態を「インポスターシンドローム」と呼んでいます。うまくいったことも、自分の実力によるものではないと考えるのです。人は、成功すればするほど、より才能ある人たちと付き合うようになります。そのような人と自分を比べることで、さらに無力感に襲われるのです。
一方で、本当に才能がない人は、自分には才能がないとも考えません。平たく言うと、頭が悪すぎてそのことに気づけないのです。(これは、自分の顔にレモンジュースをこすりつければ、防犯カメラから見えなくなるだろうと考えた、愚かな銀行強盗の話から着想を得た「ダニング=クルーガー効果」と言います)つまり、自分はある基準に達していないと心配したり、不安になったりしている場合は、そこに到達できる可能性があるということです。
アメリカの活動家であり小説家や詩人でもあったマヤ・アンジェロウは、晩年「私は11冊の本を書きましたが、毎回『どうしよう......私がみんなを騙していると今にバレる。私の本性を見破られてしまう』と思っていました」と言っていました。アンジェロウはずば抜けた才能を、持っていましたが、自分では自分に才能があると思わないことにも、同じくらいずば抜けていました。
FacebookやTwitterであらゆるものをさらけ出す現代では、このことを心に留めておくことはさらに難しいです。私たちはSNSなどを使って、幸せな結婚式、人がうらやむようなバケーション、終わったばかりの仕事、満足したクライアントからの感謝状など、最高の瞬間を自然と人に見せています。しかし、他人の人生のハイライトだけを見ているということを忘れがちです。その人たちの眠れない夜や、うまくいかなかった計画や、絶望した瞬間や、自己不信は見ていません。
自分への批判をすっぱりやめることはできません。無理のない範囲で自分に厳しくすることは、自身を向上させるために不可欠です。しかし、クリエイティブな業界で生きていくには、他人のうわべだけのものを、自分のやっていることがうまくいくのかどうかという確固たる証拠として受け取らないようにすることも、決して忘れてはいけません。
優れた仕事や作品を生み出すために本当に大変なことは、どん底から抜け出せないかもしれないという、不安な気持ちを取り除く方法を見つけることではありません。それよりも、他の人も自分と同じように不安を感じているのだ、ということを忘れないようにしましょう。そうすれば、不安を感じても、そこが最高にワクワクする場所になります。
Nobody Knows What The Hell They Are Doing|Inc.
Oliver Burkeman(訳:的野裕子)
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