岡田斗司夫プレミアムブロマガ 2019/11/27
今日は、2019/11/10配信の岡田斗司夫ゼミ「『千と千尋の神隠し』を読み解く13の謎[後編]」からハイライトをお届けします。
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「『千と千尋』は風俗産業を描こうとしている」とか「キャバクラがモデルになっている」という説が生まれたきっかけは、そもそも、鈴木敏夫さんのインタビューなんですね。
「宮崎駿にキャバ嬢の話をした」と。
実はキャバ嬢というのは、もともとコミュ症、つまり、他人と上手く話せない人が多い。ところが、面白いもんで、他人と全く話せない女の子が、キャバクラでキャバ嬢をやると、数週間くらいでお客さんと話せるようになる。
そんな話をしたら、宮崎駿はすごく感心して「俺らのジブリも似たようなもんだね」と。地方から出てきた、もう絵しか描けないとか、アニメにしか興味がないというようなやつらが集まって、一緒に物を作っていくうちに、段々と他人と話が出来るようになってくる、と。
いや、これだけだったんですよ。宮崎駿が「そうだよね」と言ったのって、この部分だけだったんですけど。
しかし、「現代の日本はまるでキャバクラ、風俗だ、というメッセージを込めた」と言えば、マスコミは取り上げるわけですね。「今回のジブリ作品は、それをテーマにしている」と言ったら、すごい評判になるわけですよ。
鈴木敏夫のこういった宣伝文句は『ゲド戦記』の時にも前科のある、週刊誌的な手法なんですけど。
昔は僕もこれを信じたわけなんですよ。本当に、1年くらい前までかな? 前回も言ったんですけど、『千と千尋の神隠し』というのを、すごい作品だとは思うんですけど、僕はあまり好きな作品ではないので。僕もこれにコロッと騙されて「いやいや、『千と千尋』のテーマは、やっぱり風俗を描くことでしょう?」というふうに思ってたんです。もう本当に、恥ずかしいんですけども。
こういう鈴木敏夫さんの宣伝手法というのは、本質をわかりやすくキャッチーに歪めちゃうところがあるんですよ。
例えば、『かぐや姫の物語』では、高畑勲からは「絶対に書くな!」と言われていたのに、作品のテーマを「かぐや姫の罪と罰」というふうに宣伝してしまって、もう大喧嘩したんですね。そして、それっきり、高畑勲は『かぐや姫』の宣伝に関して、全く口を出さなくなったということがありました。
あとは『もののけ姫』というのも、宮崎駿は『アシタカせっ記』という、アシタカを主人公とした話として作ってたのに、鈴木敏夫が『もののけ姫』というタイトルで先に記者会見をしてしまったので、そうなってしまい、作品のストーリー自体が誤解されるきっかけにもなりました。
さっきも言った『ゲド戦記』では、マスコミに「宮崎駿と宮崎吾朗の親子は仲が悪い」という話が報道されたので、それを逆手にとって、わざと「『ゲド戦記』は父殺しの物語で、宮崎吾朗が宮崎駿を否定するための作品だ」みたいなことをいっぱい言って、それで注目を集めようとしたわけですね。
もう本当に、週刊誌的な作り方なんですよ。
しかし、宮崎駿というのは「自分が知らないものを作らない人」なんですね。
宮崎駿自身は「『千と千尋』はジブリを描くのが目的だ」と、はっきり言っているんですよ。
それはふゅーじょんぷろだくと社が出版した『千尋の大冒険』という、割とマイナーな本なんですけど、この中でいっぱい言ってるんですよ。
(本を見せる 『「千と千尋の神隠し」千尋の大冒険』別冊COMIC BOX vol.6、ふゅーじょんぷろだくと、2001年)
【画像】『千尋の大冒険』表紙
なぜかと言うと、この本、唯一鈴木敏夫の検閲が入らない本なんですね。
『千と千尋』の研究本とか解説本って、いろんな出版社から出てるんですよ。まあ、図版を使わなければ、どんな出版社からでも出せるんですけど、図版をいっぱい使っている、いわゆる公式本の類というのは、講談社とか、角川とか、文藝春秋とか、そういう一流の出版社からしか、鈴木さんはオーケーをしないんです。
ところが、このふゅーじょんぷろだくと社というのは、全く一流の出版社ではないんです。
この『千尋の大冒険』という本は、ただ単に「社長が左翼で、宮崎駿と仲が良かった」というだけの理由で出せた、奇跡のような本なんですね。
なので、この本の中には「当時のジブリの批判」とか「スタッフが宮崎駿の悪口を言ってること」とか「本当はこんなことやりたかったんだ」というのが山のように載っているんです。
だけど、ジブリ美術館でも、これは売ってないんですよね。それは、ジブリ公認ではない。鈴木敏夫公認ではないからなんですけども。
このふゅーじょんぷろだくと社の本の中には、例えば「なぜ、油屋で働く男たちがカエルなのかと言うと、徳間社長の葬式の時に、背広姿の偉い人がいっぱい来た。その背広姿の偉い人が全員カエルに見えた」という事が書いてあります。
「あれは総理大臣というカエルだ」と。総理大臣も徳間の社長の葬式に来たそうですね。「ジブリの近くにいるスーツ組、いわゆる、お金を儲けようとしてジブリの近くに寄ってくる人たちというのは、みんなカエルに見えた」と。
それに比べて、自分たちアニメーターというのは虫けら扱いなので、女の子はナメクジ。本草学によると、ナメクジもやっぱり虫ですので。まあ、カエルも虫なんですけど。
こういうな形で、カエルの男とナメクジの女というのが描かれているわけですね。
この本の中で、宮崎駿は「ジブリというのは理不尽で重労働だ」と言ってます。
そして、「そんなジブリを舞台に、小さな女の子が無理矢理に働かされる話をやりたかった」と。
・・・
千尋にはモデルがいます。
これはウィキペディアにも載っているんですけども、ジブリの後援者の1つである日本テレビのお偉いさんの奥田さんという人の娘ですね。
この奥田さんという人の娘について、宮崎駿が「この女の子は、あの親の元で真っ直ぐに育つとは思えない!」と言い出して……本当に、他人の家のことに口を出すんですけども(笑)。
「まっすぐに育つとは思えない! あのままでいいと思うか!? なんとか俺達でまともに出来ないか!? いっそ、ジブリに連れてきたらもっとまともに育つんじゃないか!?」と。
その結果、奥田さんはしょっちゅう自分の娘を宮崎駿の別荘に連れて行ったんですね。
ここで『千と千尋の神隠し』の根本構造が出来るわけです。
つまり、「食い物に釣られてブタになってしまう両親」というのは、イコール「お金のため、仕事のために、ジブリや宮崎さんにホイホイ近づくビジネスマン」。
その娘が、ジブリみたいな、おっかない場所、重労働で理不尽なところに連れて来られて、そこで働かされるという話なんですね。
ウィキペディアにも、この辺の事実経緯が書いてあります。
制作のきっかけは、宮崎駿の個人的な友人である10歳の少女を喜ばせたいというものだった。
この少女は日本テレビの映画プロデューサー、奥田誠治の娘であり、主人公千尋のモデルになった。
企画当時宮崎は、信州に持っている山小屋にジブリ関係者たちの娘を集め、年に一度合宿を開いていた。
宮崎はまだ10歳前後の年齢の女子に向けた映画を作ったことがなく、そのため彼女たちに映画を送り届けたいと思うようになった。
つまり「親の仕事のために、欲望のために、ジブリに入れられた女の子が、観客の心を慰めるアニメを作るためにアニメーターにさせられる」という、とんでもない話が『千と千尋』のベース、油屋のベースなんですよ。
ところが、ベースがそれであっても、その上にどんどん面白いものを乗っけているんです。
さっきも話したように、これは油屋で言えば、コンクリートの構造部分なんですね。下の構造部分がそこで「さあ、この上に何を乗せたら面白いアニメを作れるだろうか?」ということで、どんどん変質していくわけです。
・・・
「ハヤオの好きな女の子が、ジブリで鈴木敏夫にこき使われる」という話をやってみよう、と。
しかし、ハヤオは助けることが出来ない。「俺は、俺は、単なるおじいちゃんだから、湯婆婆のような、あんなに怖い鈴木敏夫に逆らうことは出来ない。しかし、助言はしてやれる!」と言って、自分はいつの間にかに釜爺という、なんか良いポジションをきっちり取っているわけですね。
そんな中、千尋は勝手に強くなってくれる。
さて、釜爺の他にもう1人、作中には宮崎駿の分身がいます。それが、ハクという美少年。ハクこと宮崎駿は、鈴木敏夫の理不尽な命令で、血まみれになりながら、アニメを作らされているわけですね。
そして、『もののけ姫』の時みたいに「年老いてあまり使えなくなった」と判断したら、鈴木敏夫は宮崎駿を、冷酷にも穴の中に捨てて、若いアニメーターとか、宮崎吾朗とか、宮崎駿の弟子筋とか、あとは何よりも高畑勲を贔屓にし始めるわけですね。
この辺りの「鈴木さん、本当は俺よりも若いやつの方が大事なんじゃないのか!?」っていう、宮崎駿の勝手な妄想が、湯婆婆が坊という子供を溺愛するシーンとかにガンガン溢れ出していて、まあ、なかなか面白くなってるんですけど(笑)。
しかし、千尋だけは、宮崎駿の分身である美少年のハクを見捨てずに、命をかけて銭婆、すなわち高畑勲の元に行ってくれるわけですね。
千尋は最後に宮崎駿に本当の名前を教えてくれる。この「本当の名前」というのは、つまり「あなたが今やるべきアニメは、これですよ」ということを教えて、去って行くわけです。
そして、「その、やるべきアニメというものこそ、この『千と千尋の神隠し』だ!」と。
つまり、これは宮崎駿の私小説なんですよ。
私小説として、すごい上手く出来ている。徹底的に、宮崎駿による、宮崎駿のためのアニメなんですよ。「10歳の娘に向けたアニメ」というのは、いつの間にか吹き飛んでしまって、自分のためのアニメをつくっちゃったという。
同時期の『On Your Mark』と全く同じです。完全に、この時期から宮崎駿は自分にしかわからない話を作るようになります。
ところが、そんな自分にしかわからない話というのが、禍々しい深みというのを作り出している。
おまけに、宮崎駿の中にも「一般にヒットさせよう」という思いもあるし、また、そうさせるだけの手練手管、素晴らしいアイデアやイメージを持っている。これが、ヒットする秘密になっていくわけですね。
だけど、構造自体は、すごく作家性が強いアニメーションになったわけです。
しかし、宮崎駿が自分のために作ったアニメだと『もののけ姫』のようなメガヒットは狙えない。
まるで、宮崎駿の私小説なんですけど、その代わり、社会性がない。そして、社会批判があるように見えないと、やっぱり評論家が深読みしてくれない。
そこで、鈴木敏夫が宣伝を通じてミスリードさせようとするわけですね。
鈴木敏夫には、早い段階で「ああ、宮崎駿はこの映画を自分の私小説にするつもりだな」ということがわかったわけですね。そうなると、これをなんとかして『もののけ姫』のように社会批判があるというパッケージに落とし込まないと、絶対にメガヒットしない。
そこで、鈴木敏夫は「この油屋というお風呂場は、風俗のアナロジーなんですよ。まあ、キャバクラみたいなものです」という宣伝を始めたんですね。
すると、評論家たちは、思い通り、狙い通り、僕を含めて騙されて、間違えてくれて「これはジブリというアニメスタジオを描いた話だ」ということがバレなかったわけです。
・・・
油屋というのは実はジブリであって、ジブリで働くと人の心を失ってしまう。
千尋は、油屋で働いているうちに、ブタになった両親を見ても平気になるんです。この『千尋の大冒険』の中でも語っています。
まあ、実際に作った映画の中には、ちゃんと「ブタになった両親を見て悲しむ千尋」というシーンがあるんですけど。この本が作られた時には、まだ映画の前半しか出来てなかったんですね。
宮崎駿は、その時、取材に対して「千尋はブタになった両親を見ても平気になってしまう。何も心が動かない。しかし、おにぎりを食べて自分の名前を思い出したことで、自分はなんて変わってしまったんだと涙をポロポロ流す」というふうに言っているんです。
つまり、「油屋で働くことで、心を失ってしまう」と言っている。
宮崎駿の実のお母さんが死んだ時、宮崎駿は仕事が忙しくて、お葬式に行かなかったんですね。
本当に、アニメーションの仕事の現場にいると、どんどん人間の心を失ってしまう、と。
それは、現に宮崎駿も「ジブリの中では、アニメーターに対して、本当に理不尽な命令をしたり、怒鳴ったりしている」ということで、実感しているということを表しています。
千尋が、自分の名前すらも完全に忘れてしまうほどの忙しさの中で、心を取り戻す方法というのが、この「おにぎりを貪る」というシーンなんですけど。
(パネルを見せる)
【画像】おにぎりを食べる千尋 © 2001 Studio Ghibli・NDDTM
ハクの作ってくれたおにぎりを貪る千尋ですね。おにぎりを両手に持ってガツガツ食べています。
千尋って、実は、一番最初から欲望がない子なんですね。「痩せっぽち」というのは何かというと「食欲があまりない」ということなんですけど。
両親と一緒に、不思議な街の食物屋がいっぱいあるところに行って「千尋も食べなさい」と言われている時に「私、いらない」と言う。あれが、普段の千尋なんですよ。ご飯の時もあんまりご食べない。欲望が出てこないんですね。だから、痩せっぽちなんです。
欲望があんまりない。お腹が空かない。「食べろ」と命じられても食べない。
しかし、ハクに勧められて、初めておにぎりを食べた時、「自分はお腹が空いている」ということに気付くんですね。「どんなに自分が飢えていたのかわかった」と。
・・・
宮崎駿って、当時、『もののけ姫』の辺りまで、ずっと「儲けることには興味がない。ヒットのためにやってない」って言ってたんですね。
世間は、宮崎駿に金の魅力、「こうやれば、もっとヒットしますよ? 儲かりますよ?」と言って仕事をさせようとする。それに対して宮崎駿は「いや、儲けなくてもいいんだ! 俺は金のためにやってるんじゃないんだ!」というふうに、ずっと言ってたんですよ。
しかし、現にお金がないと力が出ないわけですね。腹が減っては動けないのと同じで、アニメーターに金が払えない。宮崎駿は『魔女の宅急便』が終わった時から、「ジブリでは、アニメーターを正社員にしよう」と言ってたわけです。これには、もう莫大なお金が必要なわけです。
「金がないと自分の好きな作品も作れない」と。宮崎駿は、ちょうどこの頃から、自分の中の隠れた欲望を肯定するようになったんですね。
まあ、これ自体は「自分では隠してるつもりだった欲望」だったんですけども。
今言ったような「金には興味がない。ヒットにはあまり興味がない」というのは、本人が言ってるだけで、実は、宮崎駿は誰よりも「どれくらい儲かっているのか? どれくらいヒットしているのか?」を気にする人間なんですね。
それは『カリオストロの城』の時に、自分が渾身の力で作ったアニメーションというのが全然ヒットしなかったおかげで、5年くらい業界から干されたという、やっぱり、すごく痛い経験があるからなんですよ。
だから、「どれくらいヒットしているのか?」を気にする。
ただ、相変わらず、宮崎さんは「自分がどれくらいお金を持つか?」には、もう本当に興味がないんです。
「カップヌードルのカレー味を食べることが自分の中ではごちそうになっている」と言ってるくらいですから。「こんな塩分の強いものを、女房に隠れて食うのが一番のごちそうだ」と、嬉しそうに食っているシーンが、ドキュメンタリーにも収められているんですけど。
こういう人なので、本当に「自分にどれくらい金があるのか?」には興味がないんです。
だけど、「ジブリのアニメがどれくらいヒットしているのか?」には、本当に興味があるというか、こだわる人で。特に「自分が高畑さんに勝ったか、負けたか?」というのには、やっぱりすごい興味があるんですね。
そこで出てくるのが、これです。
(パッケージに入ったオモチャのようなものを見せる)
【画像】ハクのおにぎりフィギュア
ハクの作ったおにぎりが、DVDの特典のフィギュアになったんです。ふざけてますよね(笑)。
「DVDの特典にフィギュアをつける」という時に、宮崎駿はDVDを出すの大反対して、特典として何かオモチャを付けるということにも、もう怒りまくってたんですけど。
ようやっと、それにOKしたと思ったら、「白い米のおにぎりをフィギュアにする」と言い出した。
「なんだこりゃ?」って思うでしょ? 僕も思ったんですよ。だから、これ、発売した時には要らなかったんですけど、あとで猛烈に欲しくなって、ヤフオクでわざわざ手に入れたんです。
やっぱり、DVDの特典というのは、宮崎駿にしたら許せないわけですね。
まず「作品をビデオで売る」ということにも反対してたんです。「子どもたちにとっては、映画館で一生に1回しか見れない、そういう体験を俺は作っているつもりなのに、ビデオを売るとは何ごと? レーザーディスクを売るとは何ごと? DVDを売るとは何ごと?」ということで、何ごと感がどんどん増していった。
おまけに「その特典としてフィギュア玩具をつけるとは、もう許せん!」というふうになってたわけですよ。
だけど、もうそれに加担することを決意したわけですね。自分がいくら止めても、やっぱりやられてしまうし、それをやることによってスタジオジブリの維持もできる。
何より、自分がちょうど『千と千尋』を作っている時に夢中になっていたジブリ美術館というのを作るには、やっぱり何十億円も必要なわけですね。そのための金がどこから出てくるのかと言うと、自分が毛嫌いして軽蔑していた金儲けから、原動力が出て来るわけです。
だから、このおにぎりフィギュアというのは、そんな金儲けに加担することを決意した、宮崎駿なりの精一杯のメッセージなんですね。
千尋は自分の欲望を肯定して、おにぎりを両手で頬張る。もう本当に、汚く食べることによって、生きる力を発見した。まあ、こういう話なんですけど。
ちょっと、宮崎駿の話、ジブリの話、アニメの中の油屋の設定の話という、3つの話を混ぜて語りましたけど。油屋とジブリの謎、今日の1つ目の謎の話はここまでです。
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