書評:フリードリヒ・ハイエク
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 フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハイエクは、1974年にノーベル経済学賞を受賞したオーストリア学派の重要人物です。1976年に同賞を受賞したシカゴ学派のミルトン・フリードマンとともに、共産主義(ファシズム)などの全体主義に徹底抗戦し、「自由」「市場」に重点を置いた理論を追求した人物です(ちなみにフォンは下級貴族の尊称なのですが、第1次世界大戦後のオーストリア・ハンガリー帝国の崩壊後使用が禁止されます。ところが、ハイエクが渡英した際に戸籍に掲載されているということで、英国政府の証明書
等にフォンがつけられたのでそのまま使っていたとのことです)。
 二人がしばしば触れることですが、現代では全体主義(共産主義・ファシズム)などの左翼思想を信奉する人々が自らを「リベラル」と名乗るのは皮肉なことです。まさに言葉の乗っ取り(背乗り)であり、彼らはいわゆる「偽リベラルであり」、「自由」や「市場」を追求したハイエクやフリードマンこそが、本当の「リベラル」です。

 また、ハイエクは1950年にシカゴ大学の社会科学ならびに道徳科学の教授に就任しています。シカゴ大学の経済学部が外部からの教授の招聘を拒んだなどの裏事情があるようですが、本人はこのことを誇りにしていました。
 なぜかといえばアダム・スミスもグラスゴー大学(映画ハリーポッターのロケ地にもなった名門)の道徳哲学の教授(最初は倫理学教授)であったからです。

 実際、彼の代表書籍かつ最大のベストセラーが「隷従への道」であることからも分かるように、経済学よりも「(政治経済)哲学者」としての活躍が目立つ人生でした。

 「鉄の女」と呼ばれたマーガレット・サッチャーは、ハイエクを尊敬し彼の信奉者であることを公言していました。1975年に保守党党首、1979年に英国首相。サッチャリズムと呼ばれる<新自由主義>の背景にはハイエクが控えていました。

 ハイエクは1944年(「隷従への道」の出版を行った)当時から英国が<高福祉国家>路線を歩むことの危険性に警鐘を鳴らしていたのですが、案の定「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる高福祉政策のおかげで英国は破綻の危機に瀕しました。そのつぶれかけの英国を救ったのがサッチヤリズムであり、その政策の根本理念はハイエクの思想にあったのです。
 ただし、具体的な個々の政策に関してサッチャーがハイエクの助言を受け入れることはほとんどなく、彼女独自の政策を推進しました。

 高福祉政策でにっちもさっちもいかなくなっている現在の日本は、サッチャーやハイエクに学ぶべきであるといえます。

 また、第40代米国大統領ロナルド・レーガン(1981年就任)にハイエクを紹介したのもサッチャーです。すでにハイエクの本を読んでいて共感していたそうですが、ミルトン・フリードマンとともに「レーガノミクス」に大きな影響を与えました。

 先進資本主義諸国は、サッチャーとレーガンのおかげで繁栄し、ベルリンの壁崩壊(1989年)、ソ連邦崩壊(1991年)によって共産主義(ファシズム)陣営を打ち負かしました。


 ところが、現在の先進資本主義国はもう一つパッとしません。
 それは共産主義(ファシズム)が崩壊した後、カビの胞子が飛び散るように全体主義(共産主義・ファシズム)的な考え方が先進資本主義国に広がったからです。

 具体的にはフリードマンの「資本主義と自由」の詳しく述べられているように、先進資本主義国において、政府の力が肥大し政府が(民間に任すべき)すべてのことに口を出す全体主義的傾向が強まったのです。

 共産主義陣営の崩壊によって明らかになったように、政府が中央で集権的にコントロールするシステムは極めて非効率で、決して豊かな国にはなれません。共産主義中国が毛沢東の大虐殺(大躍進政策と文化大革命)で崩壊寸前の状態から甦ったのも、客家(はっか)の逸材鄧小平が「改革・解放」政策を断行したからです。
 「市場」は共産主義の天敵ですから、これは驚くべき英断でした(もっとも、習近平の反動政治によって元の「北朝鮮状態」に戻りつつありますが・・・)。


 全体主義は共産主義、ファシズムだけの問題ではありません。
 民主主義国家、資本主義国家においても、特殊利権集団(労働組合、弁護士会、医師会、全農等など・・・)の圧力によって、保護政策、免許制度、補助金などの形で国家の関わり(権力の増大)が常に増加する圧力かかります。

 また、フリードマンが鋭く指摘するように政府は「(官僚・役人から見て)他人のお金を他人のために使う」存在ですから、支出の抑制が困難です。

 民主主義において有権者は、増税には反対するけれども(補助金など)をもらうことには賛成です。したがって、人気取りをしたい議員はばら撒く約束を繰り返し、増税はしないので借金が増えることになります。
 これは日本だけではなく、民主主義国家共通の現象です。

 例えば(日本の)野党は自分自身では何もしないで、政府(行政)の「あれが悪い・これが悪い」という批判を繰り返しますが、その批判によって政府が「改善」するたびに政府の関与は増大し権力が肥大するのです。


 本書は400ページを超える大著ですが、ハイエクの人物と思想、さらにはハイエクが生きた時代を的確に描写した良書といえます。


(大原 浩)


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