書評:サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠
 ジリアン・テット著、文芸春秋
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●タコツボ・シンドローム

 サイロ・エフェクトというのは日本人にとってはいイメージしにくい言葉だと思うので、「負の側面」を強調した「タコツボ・シンドローム」という私の造語に置き換えて話をする。

 例えば、村人が50人の村の村長は、なんでもやるし、ありとあらゆる人々と関わる。また村人も、畑仕事と鍛冶屋や機織り業を兼ねるのが普通だから、極端な専門化の弊害である「タコツボ・シンドローム」とは無縁といえよう。

 しかし、1000万人以上が暮らす東京や1億人以上の人口を抱える日本を効率よく機能させるには「専門化」が不可欠であることは言うまでも無い。

 昼間に畑仕事をして、夕方鍬を担いで戻ってから患者を診察する医師に、心臓のバイパス手術や脳腫瘍摘出手術を依頼したくないし、コンビニ店長と兼任の弁護士に、殺人罪の濡れ衣を着せられた自分の弁護を頼むのは不安である。

 しかし、高度の専門化が数々の問題の原因となっていることも確かである。

 例えば、患者が病院を訪ねるときに、自分の病気は◎◎で、●◎科の医師が担当すべきだということが分かっているだろうか?咳が止まらないとか、ひどい頭痛がするとかいう「症状」で自分が健康なのか病気なのか判断する。

 しかし、病院の看板をいくら眺めても、患者にとって最も便利な指針である「症状」には一言も触れていない。

 本書に登場する、全米でも有数の大病院であるクリーブランド・クリニックでは、紆余曲折がありながらも、の大胆な分類法を基に大改革を行って大成功している。

 その他にも、ソニー、UBS銀行、ニューヨーク市庁などのケースを取り上げ、タコツボがどれほどの弊害をもたらし、それを除去することがどれほど意義深いことであるのかを述べている。

 また、アップルやフェイスブックがどのように「タコツボ・シンドローム」を排除するための努力を行ってきたかも解説されている。

 そして、最後には「ブルーマウンテン」というヘッジ・ファンドが、タコツボ・シンドロームにかかった企業や市場を相手に大儲けをした話が述べられている。


 そもそも、投資の成功者は大概の場合、この「タコツボ・シンドローム」を上手に使っており、投資の神様、ウォーレン・バフェットも例外では無い。

 市場は決して合理的では無く、市場がゆがむからこそ投資家は儲けることができるのだが、その歪みの原因は、多くの場合、この「タコツボ・シンドローム」に起因する。


●固定給、人事事異動、同期の絆「タコツボ・シンドローム」を治療し、創造性を高める

 何か新しいアイディアを創造させるには「成功報酬システム」が効果的なように思える。確かに、個々人の意欲を高めるインセンティブとして有用なのは間違いない。

 しかし、個人に有用であっても全体としては組織にマイナスになる部分が多いのが「成功報酬」なのである。

 「タコツボ・シンドローム」の最大の原因がこの「成功報酬」にあるといっても良い。私自身も、リクルートやクレディ・リヨネ銀行で経験したのだが、成功報酬瀬的側面を強めると、他の部門が強力なライバルとなり、組織内部の協力体制がガタガタになる。

 9.11事件の前、CIAに有力なアルカイダの情報が入っていたのに、FBIや地元警察に縄張り意識から円滑な提供を行わずに事件を防げなかったことは後になって大いに非難された。

 このような縄張り争いは組織の中で日常茶飯事だが、自分の給与が所属する部門や自分自身の仕事の「成果」に影響されるとなると、重要な情報をただで他人に提供するのはばかばかしいということで、自分のデスクの引き出しにしまいこむことになる。

 「組織全部が仲間だ」という意識を持たせるには、工夫がいる。

 その一つが「入社前研修」である。新しい環境に入ったばかりの真っ白な時期に、いわゆる「同じ釜の飯を食った」仲間は、その後別々の部署に配属されても、強いきずなで結ばれて連絡を取り合いタコツボ化を緩和する。

 高校や大學の同窓は、さらに組織を飛び越えてタコツボ化を阻止する。

 日本では、仕事を専門化せず、3年程度で人事異動を行ってきた。これこそがタコツボ化を防ぐ最強の方法である。

 欧米のように、個別の仕事と人材が密接につながっていると、部門の改廃も簡単では無い。部門が無くなったらリストラされざるを得ない従業員は、その部門が会社にとって無用の長物であっても改革に頑強に抵抗する。

 逆にトヨタ自動車のように、部門を廃止してもその人員を他部門で吸収する終身雇用制の会社では、改革がスムーズに行える。人事ローテーションで色々な職種を経験させるという文化がさらにこれを後押しする。

 入社前研修、人事ローテーション、終身雇用はコストがかかるので、短期的には一人の人間に同じ仕事をさせた方が効率的なように見える。そして、日本企業の多くも、この目先で稼ぐやり方にシフトしつつある。

 しかし、入社前研修、人事ローテーション、終身雇用は長期的な企業の繁栄にとって、極めて効果的であり、現在の日本企業がなかなか飛躍できないのも、このような長期的視野をないがしろにして、短期的もうけを追求してきたからとも言える。


(大原 浩)


★2018年4月に大蔵省(財務省)OBの有地浩氏と「人間経済科学研究所」
(JKK)を設立しました。HPは<https://j-kk.org/>です。
★夕刊フジにて「バフェットの次を行く投資術」が連載されています。
(毎週木曜日連載)


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(情報提供を目的にしており内容を保証したわけではありません。投資に関しては御自身の責任と判断で願います。)