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「ラーマガ」#020
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「ラーマガ」#020

2014-04-20 13:00
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    北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
    「ラーマガ」THE RAMEN MAGAZINE
    #020

    ・北島秀一・山路力也・山本剛志 共同責任編集
    ・2014年4月20日発行(月3回)4月第2号(通刊第21号)

    【目次】

    ■巻頭コラム
     「佐野実さんの遺したもの」(北島秀一)

    □クロスレビュー「必食の一杯」
     支那そばや 本店@戸塚「醤油らぁ麺」

    ■ラーメン実食レビュー
    【北島秀一】
      らーめん ほしの@蓮沼「らーめん」
      らーめん家せんだい 羽沢店@三枚町「ラーメン並盛(とんこつ醤油)」
      ちゃんぽん浪漫食堂@新子安「ゴールド海鮮ちゃんぽん」
      くわんくわん@瀨谷「ラーメン」
      朱華園@尾道「中華そば」
    【山路力也】
      もんなか まごころ厨房@門前仲町「かつをの香るしょう油らーめん」
      ラーメン末廣家@白楽「ラーメン+新海苔」
      らぁめん夢@東神奈川「らーめん」
      天骨庵 慶心@北大路「天骨麺」
      博多一風堂 大名店@天神「元祖白丸元味(中)」
    【山本剛志】
      ソラノイロ@半蔵門「名残櫻の春彩麺」
      HAJIME@十条「HAJIME風台湾まぜそば」
      やまぐち@西早稲田「ウイング台湾まぜそば」
      ら・DON@小牧「塩」
      好和亭@春日井「快老麺」

    □拉麺人インタビュー 
     早坂雅晶<五福星 店主>②
     「やれる理由を探して、できちゃったという結果が残る」(聞き手 山本剛志)

    ■追悼コラム
     「佐野実さんに捧ぐ」

    □告知/スケジュール

    ■編集後記


    ■巻頭コラム
    「佐野実さんの遺したもの」北島秀一

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     既にネットニュースやマスコミ報道などでご存じの方が大部分だと思うが、4月11日に「支那そばや」店主の佐野実さんが多臓器不全の為に逝去された。まだ63歳と充分にお若いのに、非常に残念でならない。

     去る4月18日に執り行われた告別式で69'N'ROLL ONEの嶋崎店主が弔辞を読まれた。その中に「佐野さんはラーメンに真剣に取り組む姿勢を示して下さった」と言う意味の一文があり、少し驚いた。私が思う「佐野さんがラーメン業界に遺した物」の結論は、まさにこの一言に凝縮されているからだ。佐野さんと言えば、国産小麦や地鶏などの素材にこだわり、また自家製麺を徹底的に突き詰めるなど、そのスタンスや技術論で語られる場合が多いが、何よりもまだ「たかがラーメンごとき」と言われていた1980年代からたった一人で「ラーメンにとことんこだわってもいいんだ」との主張を言葉ではなくその行動で示し続けて来た。それこそが、佐野さんがラーメン業界に遺した最大の宝物である。

     お客に喜んで貰う美味しいラーメンを追求する為に、時にはそのお客に対してまで厳しい態度を見せる。その一見矛盾したスタンスは、少なくない批判も産んで来た。特にTV「ガチンコラーメン道」ではその厳しさを更に強調する表現もあり、当時私が勤めていた新横浜ラーメン博物館にも「佐野実を出せぇ!」と言わんばかりの電話も数多くあった。が、それでも佐野さんはその持ち前の強靱な精神力に支えられた信念を微塵も曲げず、罵声を浴びながらも自ら信じるラーメン作りを少しも変える事はなかった。「ガチンコ」が終わって数年後、その当時の思い出話を少しした時「あの頃はキツかったでしょう」と訊くと、「まあな。でもあの番組に出たおかげで全国の生産者さんに顔と名前を覚えてもらえて、良い物を探しやすくなったんだ」とにっこりと笑ったお顔は今も忘れられない。

     そしてその「ラーメン作りにとことんこだわっていいんだぞ」と言う佐野さんの無言の訴えは、その後大きな実を結んで行く。佐野さんを信頼し、敬愛し、尊敬するラーメン店主達の登場である。一番有名なのは言うまでも無く嶋崎店主(69'N'ROLL ONE)、野津店主(胡心房)、塚田店主(魚雷)などの「佐野JAPAN」だが、それ以外にも例えば鯉谷店主(地雷源、さいころ)の手がける「EL DORADO」は、ラーメンそのものが佐野さんへの敬意をハッキリと語っている。もちろん、全国には更に多くの「佐野チルドレン」が存在し、更にその「第一世代チルドレン」をリスペクトする「第二世代」も着実に育ってきている。これが「業界の宝」でなくて何だというのだろうか。

     嶋崎店主は弔辞で「もし佐野さんがいなければ、ラーメン屋の嶋崎順一もいません。それは断言します」とも述べてもいた。それは「今ごろ別の職業についていたかも」との意味だったのかも知れないが、私の解釈は少し異なる。佐野さんがいなくても、嶋崎店主はラーメン職人になっていたように思う。ただ、おそらく「69'N'ROLL ONE」と「2号ラーメン」は無かったのではないか。餃子と焼きめしとレバニラと唐揚げ定食もあるようなお店で、向上心も緊張感もさほど無く、その分「楽な」仕事を日々淡々とこなしていたような気がしてならない。そして、それは程度の差こそあれ、多くの佐野実フォロワーも同様だったのではないかと思う。今の嶋崎店主らにしてみれば、それはぞっとするほど恐ろしい状態なのではないだろうか。もちろん言うまでもなく、我々食べ手にとっても悪夢だと思う。明らかに、佐野さんは日本のラーメン業界に最大級の影響を与えた一人なのである。

     そして、その佐野さんの「宝物」をがっちりと受け止める相棒が食べ手側にも現れていたのが天の配剤だろうか。ラーメン評論家の草分けである故・武内伸氏と佐野さんの交流はこれまでもラーマガを含めて折に触れて書いて来たが、この二人が同時期に活動し、出会った事自体が今にして思うと奇跡的だと感じる。

     佐野さんが「ラーメン作りにこだわっていいんだ」と示してくれたように、武内さんは「ラーメンをこだわって食べていいんだ」と我々に示してくれた。既に若い評論家やブロガさんなどだと、武内さんと直接会った事の無い方々も増えているが、「単に『好きな食事』ではなく、ラーメンをとことん真剣に食べる」と言うのは明らかに武内さんが最初に示してくれた道だし、それこそが直接武内さんから見せてもらった我々が微力ながらも次の世代に伝えようとしている事だ。それにより、佐野さん及び佐野実フォロワーが真剣に作り上げたラーメンを、食べ手側も真剣に受け止める土壌の形成に僅かながらだが貢献出来たのではないかと思っている。

     繰り返すが、佐野実さんがラーメン業界に遺した物は「ラーメン作りにとことんこだわっていいんだ」と言う「信念」そのものだ。それは今後もラーメン職人諸氏が自分自身で咀嚼し、解釈し、消化して行く物だ。そして我々「食べ手」は、バッシングもブーイングも心ない中傷も物ともせず、人生を賭けてその信念を示してくれたラーメン莫迦の想いを心に刻み、時々思い出しながらラーメンを食べて行くしかない。いずれ、「俺、佐野さんが直に作ったラーメンを食べた事があるんだぜ」と自慢になる日がやってくる。その時に佐野さんの遺した宝物を語れるのは、その生き様を直接見せてもらっていた我々にしか出来ない事なのだから。



    □クロスレビュー「必食の一杯」

     一杯のラーメンを三人が食べて語る。北島、山路、山本の三人が、今最も注目しているラーメン店の同じ一杯をクロスレビュー。それぞれの経験、それぞれの舌、それぞれの視点から浮かび上がる立体的なラーメンの姿。今回は佐野実さんの遺した『支那そばや 本店』の「醤油らぁ麺」を三人が食べて、語ります。

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    支那そばや 本店@戸塚
    「醤油らぁ麺」880円
     
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