◆陸上幕僚監部広報室のケース
まずは、イントロダクションとして、2013年10月17日に配信された国際変動研究所による有料メルマガ、『NEWSを疑え!』第247号(https://sriic.org/archives/1256)に掲載された「編集後記」を引用したいと思います。
数年前、陸上幕僚監部の防衛部と協力しながら、『陸上自衛隊の素顔』という本の作業を進めていたときのことです。小学館という大手出版社の担当者から、「巻頭グラビアに陸上自衛隊の主要な装備品の写真を入れることになっているのですが、大砲の射程距離については『秘密』だということで、陸上幕僚監部の広報室はデータを出せないと言っています」と言ってきたのです。
(中略)
203ミリ自走榴弾砲の最大射程距離は、防衛省・自衛隊の準機関紙『朝雲』を発行する朝雲新聞社の『自衛隊装備年鑑』に、実戦配備当初から掲載されていますし、英国のジェーン年鑑はむろんのこと、普通の『自衛隊本』やネット情報にも記載されています。私が記者だった40年近く前でも、そんなことを言う広報担当者はいませんでした。
(中略)
そこで、私自身が陸上幕僚監部広報室に電話してみることにしました。私が最初から厳しく叱責したこともあってか、担当の2等陸佐、昔でいう陸軍中佐殿は口ごもって明確な返答をしません。
(中略)
この2等陸佐は後方職種の出身者だったのです。後方職種の重要性は申すまでもありませんが、ややもすると戦闘職種に関する知識に欠ける場合もあります。この2等陸佐も、火砲の射程距離は秘密事項だと勝手に信じ込んでいたのです。
(中略)
これは典型的な事例ですが、私が「そんなもの秘密じゃないよ」と言わなければ、出版社の担当編集者は2等陸佐の言うがままに大砲の射程距離を秘密事項だと信じ込んだおそれがあります。
このエピソードは、すなわち、秘密保護法を否定するものではありません。この「編集後記」を執筆した小川和久氏も「外国との協力のもとに日本の安全を実現していくためには、秘密保護法は必要です。ビジネスだって、口の固さが信頼関係の基本となるのですから、それと同じです」と記しています。
それでは、何が問題なのか。私は、広報が「取りあえず、扱いの分からない情報は秘密にしておけばいい」というマインドを持っていること。そして、情報が秘密でないことを出版やマスコミの側が追及できないことが問題なのだと解釈しました。
これからの時代、広報は非常に重要な役職だと考えられます。しかし、今回のエピソードに登場した2等陸佐がそうだと批判したいわけではありませんが、大した能力がない、あるいは何の権限も与えられていない人間が広報を担当するケースがあるということです。そうした場合、広報は責任を回避しようとするため、可能な限り、情報を隠そうとするのです。広報とは、文字通りの意味でとらえるならば「広く報じる」ことが役割のはずですが、どういうわけか、「秘密を作ること」が役割だと勘違いしている人がいる、ということです。
この指摘を続けると「それって○○の広報のことでしょ?」と特定されかねないので、そろそろ、本題に入りたいと思います。
◆オンラインソフト作者の意識の変化
私は1990年代の後半、パソコンライターとしてパソコン雑誌で仕事をしていました。と言っても、メインの収入源は原稿執筆よりも編集補助のような作業で、パソコン誌の付録であるCD-ROMに収録するオンラインソフトの収集を行っていました。もちろん、無断転載は問題となるため、作者にメールなどで連絡を取り、許可をいただいた作品のみを収録するという形を取っていました。このノウハウに関しては、さらにディテールを掘り下げたいのですが、今回は本筋と関係ないため、省略させていただきます。
オンラインソフトの収録は、基本、謝礼なしで行わせていただいたのですが、希望される作者さんに限り、掲載誌(見本誌)の送付はさせていただいていました。その際に必要となるのは住所や氏名、そして、アダルト要素を含む雑誌の場合は年齢の確認が必要となります。こうした情報を、今では考えられないことかもしれませんが、オンラインソフトの作者さんたちは気軽に連絡してくださいました。
オンラインソフトの作者さんとは無数のやり取りをしてきたのですが、その中でも、特に、印象に残っているエピソードがあります。私は、オンラインソフト収録の許諾をお願いするたびに見本誌の送付先を聞いていたのですが、ある作者さんから、このような連絡をいただきました。「毎回、送付先を連絡するのは面倒だし、住所を書いたメールが他の人に誤送信される可能性があるから、送付先はそちらで管理してくれ」とのこと。私は少し驚きましたが、同じようなことを考えていた作者さんは多かったようです。それは、「送付先に変更がない場合は、以前連絡いただいた送付先に見本誌を発送します」との一文を、収録許諾願いのメールに書き加えた結果、許諾メールが返信される確率が高くなったことで証明されました。
しかし、ある時期を境に、オンラインソフト作者の意識は変化していきます。そのキッカケとなったのは、間違いなく「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」でした。
この法律は2003年5月23日に成立。全面施行は2005年4月1日でしたが、この法案が議論されるようになると、オンラインソフト作者さんは、徐々に、見本誌の送付を断るようになります。もちろん、当時はパソコン雑誌を出せば売れる、いわば「バブル」状態だったため、大量の見本誌を送ってもらっても困るという側面があったことは否定しません。
しかし、「個人情報保護法」が議論されることをキッカケに、送付先などの連絡先をどのように管理しているのかといった質問を、多数いただくようになったことも事実です。また、同時に、オンラインソフトに同梱されている「Readme.txt」(あるいはヘルプファイル)の内容も変更され、「掲載の条件は見本誌の送付」といった項目が消されたり、転載を自由とする代わり、メールアドレスなどの情報が消去されたりする事態も確認されました。(※変更されたReadme.txtを確認していなかったため、作者さんから怒られたこともありました)
結果、「見本誌が送付されないといった不測の事態に備えるため、3カ月程度は見本誌送付先の情報を保持するが、それ以前のデータは削除する」と明記して、オンラインソフト収録の許諾をお願いするメールを出すようになりました。
人間の意識は時代とともに変化するものだと思います。しかし、この意識の変化は急激で、僅か1年足らずの間に起きたことなのです。
◆「個人情報保護法」が保護したものは?
「個人情報保護法」は、個人情報の取り扱いについて、 国や地方公共団体、民間団体といった個人情報取扱事業者の責任を定める法律だと認識しています。私も個人情報取扱事業者の1人でしたから、その責任は非常に重く感じていました。
しかし、そうした責任感とは別に、他の感情がわいてくることも事実です。それは、「可能な限り個人情報を扱いたくない」という忌避感です。下手に、個人情報を知ってしまったら、それを守らなくてはならない。ならば、知らない方が良いと思うことは、それほど不自然な感情ではないと思っています。
「個人情報保護法」が守っているプライバシーに関しては、すでに休刊となっている有料メルマガですが、2012年3月30日配信の『メルマガNEWポストセブン』に掲載された、ビートたけし氏による「今週のオピニオン」が印象に残っています。以下、「プライバシーを疑うとこから見えてくるもの」と題されたコラムから引用します。
でも今はどうだい。どんなに安い家賃の家だって、たいてい分厚いドアにしっかりしたカギがついてる。インターホンだってあるだろ。たいして豪華な物件じゃなくたって、当たり前のようにマンションの玄関にオートロックがついてたりするしね。オイラだって、隣の家に住んでる人が誰なのかなんて、もうわかりゃしないからね。
で、そのプライバシーが守られた家の中に住んでるのがどんな人かっていうと、意外に貧しかったり、トラブルを抱えててどこにも相談相手がいなかったりする場合が多いのが現代なんだよ。
そうなると、もう外からはどうにもできねェもんな。ドアを蹴破って助けようったって、「アンタには関係ない」っていわれたらと思うと、やっぱり何もできないって話になっちまう。「昔はよかった」なんていうつもりはサラサラないけど、この時代のすべての問題は、ここに集約されてる気がするよな。虐待に、孤独死、引きこもり……。
個人情報を保護するという名目の下、厄介ごとに関わりたくない気持ちを正当化しているというケースは、少なくないように思います。
ちなみに、有料メルマガに関しては、昨年のトークショーでの1コマが印象に残っています。
津田大介氏、佐々木俊尚氏らが描く「コンテンツとプラットフォームの未来」 - niconico「ブロマガ」発表会(トーク全文書き起こし)
http://news.mynavi.jp/articles/2012/08/23/niconicobromaga/001.html
http://news.mynavi.jp/articles/2012/08/23/niconicobromaga/002.html
佐々木:「(前略)まぐまぐとドワンゴは、(購読者の)メールアドレスを書き手に教えません。プラットフォーム側が管理していて、書き手は誰が(メルマガを)とっているのかもわからないわけです。するとプラットフォームの囲い込みになる。これは(プラットフォーム側の)戦略としてはきわめて正しいのですが、書き手としては読者との関係性を完全にプラットフォームに依拠してしまっていいのかという問題があります。(後略)」
(中略)
川上:「メールを送るところまではうちの判断でできるんですが、メールアドレスを教えるのはユーザーの許可が必要です。うちとしては囲い込もうという意思はないです」
実際、私も誰が『有料メルマガ批評』の読者なのかは知らされていないのですが、それはそれで、幸せなような気もしています。
◆法律は人の意識を変える
結局、何が言いたいのか。それは、「個人情報保護法」や「特定秘密保護法」が良いとか悪いとか、そういったことは関係なく、こうした法律が人の意識を変える可能性があるということです。そして、そうした意識の変化は、意外と早いということです。
もしかすると、それが良いのか悪いのかは別にして、きょう現在の感覚で1年後、Twitter(ツイッター)に投稿したら、現時点では想像できないような論調で炎上する可能性もあるということです。ただし、適法の範囲内の発言・投稿であっても、炎上が発生する可能性があるという点は、1年後も変わっていないような気がします。
ちなみに、今、私が知りたいことは、美人声優と結婚する方法なのですが、誰も教えてくれません。これって、やっぱり、特定秘密なのでしょうか?