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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.6 NO.1
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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.6 NO.1

2014-07-07 06:00

    野田稔・伊藤真の「社会人材学舎」VOL.6 NO.1

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    コンテンツ

    対談VOL.6
    鈴木賀津彦氏 vs. 野田稔

    人は、自ら発信することで
    メディアリテラシーを身につける。
    市民メディアの進展が必要な理由とは?

    第1回 市民メディアの成長が、マスメディアを変える!?

    Change the Life“挑戦の軌跡”
    17歳で起業して、ものづくりを背負った、その心意気
    ――株式会社ノーブル・エイペックス 大関 綾

    第1回 小学校で起業を決意、有言実行、高校3年で起業する

    NPOは社会を変えるか?
    第17回  学生時代に立ち上げた「若者と政治家をつなぐ場づくり」
    ――NPO法人YouthCreateの原田謙介代表理事

    誌上講座
    テーマ6  マネジメント力を身につけよう!
    野田稔
    第1回:「弱くても勝てる」ようにするのがマネジメント

    粋に生きる
    7月の主任:「ナオユキ」
    第1回 芸人とは、何とナイーブな存在なのか

    連載コラム
    より良く生きる術
    釈 正輪
    第21回 「決して、葬式をしてはいけない」




    対談VOL.6
    鈴木賀津彦氏 vs. 野田稔

    人は、自ら発信することで
    メディアリテラシーを身につける。
    市民メディアの進展が必要な理由とは?


    本誌の特集は、(社)社会人材学舎の代表理事である野田稔、伊藤真をホストとし、毎回多彩なゲストをお招きしてお送りする対談をベースに展開していきます。ゲストとの対談に加え、その方の生き様や、その方が率いる企業の歴史、理念などに関する記事を交え、原則として4回(すなわち一月)に分けてご紹介していきます。

    今月のゲストは、東京新聞編集局読者応答室長の鈴木賀津彦氏。しかし鈴木氏は、むしろ「市民メディアプロデューサー」としてのほうが有名だ。メディアのあり様を変える。市民メディアを育て、マスメディアとの融合を図ることが鈴木氏の目標である。そして、そんな新しいメディアが個々人や地域をつなぐ。そこから町おこしや地域おこしも始まるのがいいと考える。
    第1回の今回は、マスメディアがオールドメディアだといわれる理由について。そんな時代に重要となる市民メディアだが、鈴木氏は市民メディアとマスメディアの「協働」の重要性を説く。

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    第1回 市民メディアの成長が、マスメディアを変える!?


    市民メディアプロデューサーを

    自認する理由

     鈴木賀津彦氏の肩書きは多い。「本業」は、東京新聞の編集局読者応答室長。一方で、日本ジャーナリスト会議運営委員、そして横浜市民放送局ネットワークプロジェクト共同代表、横浜市民メディア連絡会副代表などなど、「仕事外」の活動が目立つ。

     市民メディアを育てる仕掛けづくりや啓蒙活動を中心に、商店街の活性化、町おこし、地域起こし、教育や福祉、あるいは環境問題など、幅広い市民活動の火付け役となり、サポートし、関わってきた。

     中でも横浜市民放送局(http://yokohama-tv.com/)は、横浜開港150周年を機に開局した、市民の市民による市民のためのインターネットテレビ。非営利のインターネット放送局だ。さまざまな市民の活動を、自ら情報発信できるよう支援しネットワーク化することで、市民社会を元気にしようとしている。具体的には現在、技術指導や放送番組の企画、講座の開催、ポータルサイトとしてのプラットフォーム提供など、メディアとして発信する放送局設立を応援する活動をしている。

     東京新聞についても少し最初に説明をしておこう。意外と知られていないようだが、東京新聞は、中日新聞東京本社が発行する一般紙だ。首都圏のブロック紙という位置づけ。中日新聞社は他に中日新聞、北陸中日新聞のほか、別会社で日刊県民福井を発行している。

     鈴木氏が現在室長を務める読者応答室であるが、これは、読者の苦情処理係ともいえる部署。もっとも、苦情だけでなく、さまざまな意見が集まるので、そうした声を反映させて、読者欄を作るのも仕事としている。10年前なら、読者の声を真摯に聞こうとする記者は少なかったかもしれない。しかし、今は違う。特に3.11後、読者応答室の立ち位置は様変わりした。鈴木氏の努力の甲斐もあって、今では記者たちも読者を意識し、読者欄を熱心に読むようになったという。

     企業に寄せられるクレームやさまざまな意見の扱いと同じだ。現在はクレーム・ファーストがエクセレントカンパニー、転じてエクセレント組織の取るべき行動原理と言える。

     さてさて、鈴木氏はマスメディアにいて、市民メディアをどのようにとらえ、位置付けているのであろうか。

    情報は、
    もはや上から下に流すものではない

    野田:鈴木さんの活動などを確認させていただいて、一番驚いたのが、地域メディア、あるいは市民メディアの重要性を真正面から主張されているところです。なぜ驚くかと言うと、鈴木さんは新聞社という、まさにマスメディアの真ん中にいる人じゃないですか。
    鈴木:まあ、従来型のマスメディアにいるということですね。
    野田:従来型のマスメディアの中にいる人は当然、自分たちの最大の武器であるところのマスメディアそのものを使って何をするかということを考え続けるものだと思っていました。しかし鈴木さんは市民メディアの育成に力を入れている。むしろマスメディアの人間からすれば、そういう存在を上から目線で見たり、場合によっては敵対したりするのが普通だと思うのですが。
    鈴木:そうした、大きなマスメディアが一番偉くて、ピラミッドの上にあるようなイメージですね。たとえば新聞で言えば、一番上に全国紙があって、その下に地方紙、ブロック紙や県紙があって、さらにエリアが狭い地域紙があって、もっと小さいコミュニティペーパーがあって、自主的なミニコミがあるみたいな形を描くのは、もう違うだろうという気がしています。
     何事も上から並べてはいけない時代だと思うのですね。マスメディアの人間にも、まだまだそうした考えを持つ人はもちろん少なくありませんが、むしろ問題だと思うのは、社会的なシステムであったり、感覚のように思います。
    野田:というと?
    鈴木:たとえば、警察の「署回り」記者を考えてみましょう。新聞記者は、現場の巡査や刑事に取材をするのではなくて、全体を仕切っている副署長に取材をする仕組みになっています。その署のナンバー2と対等に話をする場に、のこのこと右も左もわからない新人が出向いていくというのが現状です。いろいろと問題があるのですが、一番の問題は、上から情報を下に流すという仕組みが世の中に出来上がっていることなのです。
    野田:大本営発表ですよね。現場で情報を拾いにくくなっているわけですね。
    鈴木:私は遠回りをして新聞記者になった人間です。大学卒業時にマスメディアを受けたのですが、受からず、普通の企業に入って丸4年勤めました。それから転職して、今の会社に入ったのです。幸か不幸か、純粋培養ではないので見える部分なのかもしれませんが、新聞記者になってしばらくして、「もっとできることをなぜやっていないのか」とどこかで思うようになりました。
     加えて、メディアに携わる人間の傲慢さにも気が付いていたような気がします。もちろん、皆が皆ではないですけれど、ジャーナリストとしては特ダネを求めて頑張っていて、書いたものに自信を持つのはいいのですが、どうも上から目線で、人によっては「俺が書いたのだから、読め!」と言わんばかりなのですね。後から振り返ると、大きな違和感を持ちます。もっとも、自分も若い頃は、そこまでは感じていなかったのですが。
     今にして思えば、ちょうど高度経済成長期におけるメディアの役割とは違う役割に移行しつつある時期に、私はマスメディアの世界に入り、一所懸命に記者として働き始めたのだと思います。
     そのうちに、今のやり方ではやっていけない。記者もまた、スペシャリストではなく、ジェネラリストとしての役割も果たしていくべきなのではないかと思い始めたわけです。
    野田:経済の状況とリンクしているわけですね。
    鈴木:そうだと思います。政治とも同じです。たとえば当時の通産省が、産業政策を打ち出していく。それまではアメリカ型のモデルを日本に普及させるという方向でさまざまな施策を打ち出すのが常だったわけですが、そのやり方は行き詰まり始めていたわけです。そのうちに、環境問題などの分野で、さまざまな問題提起をしている、今でいうNPO組織などが出てくるわけです。じっくりと現実を踏まえて考えてみれば、そちらの言い分のほうが、行政のそれよりも正しそうだという時代になりました。
     いつの間にか大本営発表がその効力を発揮できない時代になっていた。「画期的な政策だ」などと言える状況ではもはやなかった。
     そうではなくて、たとえば農水省が打ち出した農業政策は本当にそれでいいのかという問題提起を、農業関係者など実践家たちが行い、それ以上に、たとえば有機農法など、自分たちで答えを模索し始めたわけです。時系列は少し乱暴かもしれないですが、これが、私が記者をやってきた30年ほどの時間の流れだったような気がします。

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    自ら問題提起をすれば、

    マスメディアがやってくる

    野田:それまでは、どちらかと言えば世の中は上意下達で動いていた。その時代には何であれ上流を取材すれば、もっと端的に言えばお上を取材すれば世の中の動きがわかった。でも今は、草の根から次の時代の芽が見えるようになってきたということですね。
    鈴木:そう思うのです。だから、とにかく現場を知るということが大切なわけですが、それを自分だけでできるかというと、絶対やり切れないのですよ。役所のトップにアポを取って、あるいは夜討ち朝駆けをして取材をすることはできても、たとえば幅広い市民活動を追いかけるとなると、一人ひとりに会うことはできません。だから、代表的な人、典型的なケース、シェアの高い企業に取材をするわけですが、そうした時代の情報流通のスムーズなやり方は何かと考えると、実践家、各々が、自ら情報を発信する、そんな世界を作るべきだと思うわけです。
    野田:現場から発信された情報をマスメディアの記者が取りに行くわけですか?
    鈴木:そうですね。そうでなければ、隅々までを網羅できないのです。どんなに頑張っても、ごく一部しか拾えないわけです。
     そこで、ライフスタイルに関することであっても、環境問題でも、私が関わっている不登校の問題でも、何であれ、活動をしている市民の人たちが積極的に問題提起をしてほしいのです。たとえば不登校の問題であれば、学校の対策が大事なのではなくて、不登校の子どもの親たちの発信が大事なのです。
    野田:そうは言っても、具体的にはどうすればいいのでしょうか。
    鈴木:私は20年近く前に一時期、富山県に赴任していたのですが、そこで何をしていたかというと、不登校の親のグループができていて、そのグループに参加していた、元不登校という20代の青年に声を掛けて、「自分たちで発信してほしい」という話をしました。書いてくれれば新聞に載せるからという話です。
    「取材してもらう」「取材されたから、よく書いてもらえる」と期待するといった受け身の姿勢は、もう止めようという話をしていました。
    野田:なるほど、マスメディアのほうからそうした仕組みを持ちかけるわけですね。
    鈴木:はい。あるいは商店街の活性化に関する話ですが、よく聞くのは、「補助金が出ないから自分たちには何もできない」という嘆きというか、愚痴です。「うちの商店街がダメなのは、役所が何もやってくれないからだ」という感覚なわけです。「それはダメでしょう」という時代になってきているわけです。その時に、自分たちでメディアを作って発信していこうということをしてきました。
     市民側からしっかりとした問題提起をしていけば、マスメディアのほうが自分たちから興味を持って寄ってくるわけです。メディアの記者たちは常に、ネタを探していますから、おもしろそうな話は逃しません。だから、当事者自らが仕掛けなくてはダメでしょうと、あちこちでけしかけてきましたね。
     そうやって、従来のマスメディアの成り立ちとは違う形の「市民メディア」がどんどん育ってくることで、そうしたメディアとコラボして情報発信できるマスメディアが、ますます求められるのだと思っています。一方、そうしないと、市民活動をしている人たちが情報発信をたくさんしても、そこから発信される情報は玉石混交ですから、そこは取捨選択のフィルターの役割が必要になります。
    野田:まさに、その点をお聞きしたいと思っていたのです。
    鈴木:そのフィルターになって、きちっと整理して、発信していくメディアが、これからのマスメディアの役割になってくるのではないかなというイメージを持っています。
    野田:なるほど、それは確かにおもしろいコラボレーションですね。その点をもう少し、掘り下げていきたいと思います。


    *次週に続く




    Change the Life“挑戦の軌跡”

    17歳で起業して、ものづくりを背負った、その心意気

    ーー株式会社ノーブル・エイペックス 大関 綾


    転職、転身、独立、社内でのプロ―ポーザル……本当にやりたかったこと、これから本気で取り組みたいことのために、アイデアを磨き、自らの生き方を変え、道を変えた、あるいは今、まさに変えようとしている人たちの記録をお届けします。
    7月は、株式会社ノーブル・エイペックスの大関綾社長の登場です。マスコミへの露出度も高い女性なので、ご存じの方も多いでしょう。小学生の時に起業を決意し、中学生の時に、ビジネスオーディションに出場し、月刊アントレ賞と来場者賞を受賞。高校在学中に現在の会社を起業しました。ばりばりのモノづくりの会社です。3年間を掛けて、ノーブルタイやセパレディという新しいファッションアイテムを開発し、商品化。22歳の今、事業を順調に伸ばすとともに、すでに後進を育てるべく、彼女は多くの大学や企業研修などで講演しています。
    今回は、彼女がどのような幼少期を過ごし、高校3年での起業に至るのか、そのあらましを聞きます。

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