花村康一(はなむらこういち)が最初に異変に気がついたのは、ゴールデンウィーク明けのことだった。
研究室の扉の横の照明のスイッチボタンの上に、直径一センチほどの赤いシールが貼られていたのを見つけた。それまでなかったものだったが、気には止めなかった。老朽化した建物内に設けられた映画学科の研究室は教授四人の相部屋で、誰かが何かの目印で貼ったのだろうと思っていた。
翌週の月曜日、午前中の講義を終えて研究室に戻ると、同じ赤い丸シールが花村の室内履きの右足の甲の上についているのを見つけた。黒の合皮の室内履きは花村の机の下に置いているもので、研究棟から外に履いては出ない。花村は照明スイッチの上のシールが剥がれて室内履きに貼りついたのかと思ったが、入り口脇のスイッチを見ると、赤いシールは変わらず貼られたままだった。