六十年前の正月、焦りに焦っていた。生まれて初めて東京で迎える正月だ。それまでは十二月のクリスマス前から成人式の後まで岡山に帰省していたが、この年は卒業論文を提出する年だ。一月中旬が締め切りで、一分遅れても受け付けてもらえない。
一行も文章を書いたことのない(作文は親に書いてもらっていた)有為の青年が、百枚の原稿を書くのだ。四畳半の下宿の万年床の上に置いたコタツで寝る間を惜しんで書いていた。書く間を惜しんで寝ていたと言ってもいい。
ふだん規則正しく昼夜逆転の生活を送っていたわたしは、このときは昼も夜もなく、眠くなれば眠り、筆が進まなくなったら眠りで、不規則をきわめた生活を送っていた。