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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「菊より高いものはない?」  3/4
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ヒーローズプレイスメント公式ノベル「菊より高いものはない?」  3/4

2014-12-22 13:03

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     一ヶ月後、諸々の準備をつつがなく終え、人形劇は満を持して開催された。
     場所は霞が城公園前に特設したステージで、開催期間は一ヶ月。智恵子が学生なため、夕方と土日祝をメインに公演は開かれる。
     この観光用新イベントは、結論から言えばかなりの成功を収めた。
     最初は物珍しさに数人が冷やかしに来る程度だったが、智恵子の操る人形を見た瞬間、彼らは一斉に情報をネットに拡散し、さらに多くの客を集めるにいたったのである。
     その理由はしごく簡単で、純粋に彼らが感動したからだ。
     人形劇は、良くあるような小さな屋台ではく、劇場の舞台ほどの大きさがある屋外ステージで開かれていた。
     その中央に、舞台衣装たるセーラー服を着た智恵子が――学生であることを印象づけたいという会長の要望だ――堂々と立って人形たちを動かしていく。
     人形たちは三十センチほどしかないのだから、これだと舞台や智恵子の存在が大きすぎて見栄えが悪くなるはずだ。
     にも関わらず、観客達がこの見世物に感動した理由は、人形たちの躍動感にあった。
     人形はただ左右に動くわけではなく、ある者は跳び、ある者は跳ね、まるで曲芸師のように舞台を縦横無尽に駆けてみせたのだ。
     時には、彼らは本当に宙に浮き――異世界の秘術で作られた人形は、体に帯びた魔力により様々な能力を発揮できる――飛び回るその姿は、見る者を飽きさせることはない。
     そして智恵子はそんな人形を、一気に数十体まとめて動かしていた。
     客には智恵子の存在が見えているのだから、年端のいかない少女が一人だけで人形を操っていることは折り込み済みである。
     その少女は、しかし軽く手を動かしただけで、数十にも及ぶ人形たちを、それぞれ自在に操ってみせるのだ。
     時には彼女自身も大きく体を動かし、優雅に人形と戯れるさまは、泉で妖精と踊る女神を彷彿とさせる。観客たちが感動したのも無理はない。
     そう、この人形劇は物語を味わうよりも、人形のアクションと智恵子の妙技を鑑賞するためのショーとなっていたのである。
     それが証拠に、誰も劇の内容に関しては、あまり気にも留めていなかった。それよりも智恵子と人形の姿に見ほれていたのである。
     やがて、人並み以上の可憐さを誇る智恵子の容姿とも相まって、人形劇はすっかり二本松市の名物イベントとして成立し、大量の観光客を吸い込んでいった。

    「いやぁ、素晴らしい! 大成功だ!」
     ステージ横手に張られた、休憩用のプレハブ小屋にて。
     二本松観光協会会長は両腕と共に、快哉の声を上げた。そのまま万歳三唱にでも移りそうな勢いである。
     彼の前に立つ智恵子は、一回目の公演を終え、額の汗をタオルでぬぐいつつ、スポーツドリンクを口にしていた。
     ストローから口を離すと、
    「大成功ですか」
    「大成功だよ。この二週間で観光客の数は確実に伸びている。テレビの取材も何回も来ているし、話題も充分に確保できた。これもすべて君と君の人形のおかげだな」
    「それは幸いです」
     相変わらず気のないようにつぶやく智恵子だったが、それでも満更ではないのか、口許を微かにほころばせていた。
     そんな彼女を満足そうに見つめ、会長はうんうんとうなずく。
    「このぶんだと、君たちが二本松市の名物キャラクターになる日も遠くはないぞ。事実、観光協会ではそういう話も出ているのだ」
    「名物キャラクター?」
    「そうだ、少しデフォルメした形にしてだな、ご当地キャラのように扱うのだ。関連グッズなどももちろん作る。君たちは人気が高いから、これは売れるぞ」
    「はぁ……しかし、ご当地キャラクターにはすでに菊麿くんがいますが」
    「もはや、ただのゆるキャラでは、名物にはなれない時代なのだよ。話題性のある君たちの方が確実にいい。その菊麿くんなど、すでにあれだからな」
     そう言って、小屋の隅に置いてある着ぐるみを会長は顎で示す。
     菊の花を頭に被ったようなキャラクターが模されたものだった。
    「今や子供に風船を配るのが関の山の着ぐるみときた。まったくの役立たずだな」
     揶揄するように、肩をすくめて笑う。
     と、その時だった。
     智恵子の目が細められ、会長をとらえたのは。
    「……あの着ぐるみを作ったのは、二本松市観光協会、つまりあなたたちですよね」
    「あ、そうだが?」
    「なら、無責任なことは口にしない方がいいです……彼らにも心はあるのですよ」
     その智恵子の口調に、今までにない鋭さを感じ、会長はたじろぐ。
     智恵子は静かにこちらを見据え続け、その時間は永劫にも続くかと思った。しかし。
    「次の公演、始まりますよ」
     突然、小屋の入り口が開いたと思うと、スタッフが顔を覗かせて声をかけてきた。
     それに対し、「はい」と答えた智恵子は、いつもの無表情で物静かな少女だった。
    「何だったんだ……」
     呆然と会長は、彼女の背中を見送り、その場に佇み続ける。
     ――彼は放心のあまり、後ろで何者かが立ち上がり、その目を赤光に染めたことには、気づかないままでいた。

    「それ」がプレハブ小屋の扉を突き破って外に出てきた時、智恵子はちょうど複数菊人形たちに張りぼてをかぶせて、戦艦「大和」を動かしてるところだった。
     スピーカーから流れる音声に合わせ、劇を進めていく。
     他にも侍役の菊人形を動かさなければならないので、作業には集中を要し、戸口の破壊された音も「スタッフが騒がしい」程度にしか感じていなかったほどである。
     違った。
    「え?」
     菊人形の一人が身振りで何かを訴え、彼女は異常に気づき、プレハブ小屋を見た。
     そこには、傷つきぼろぼろになった会長を抱えた、大きな影が立っていた。
    「……菊麿くん?」
     小首を傾げた時、その着ぐるみは穏和な表情から想像もできないような殺気を放ち、目を赤く光らせながら会長を投げ捨て、ステージに飛び込んできた。
    『ウグオオオオ!』
     間一髪、智恵子はその場にいる菊人形をすべて集めると、その動きを何とか取り押さえる。菊麿は両手を振って、もがき暴れた。
    「「「おお!?」」」
     観客の中から歓声が上がった。どうやらこれもショーの一部だと思ったらしい。
     だが、智恵子にとってはそれこそ冗談ではなかった。菊麿くんは腕に力を込め、菊人形を鷲掴みにし、壊そうとしていたからである。
    「くっ」
     菊人形が保たないと判断し、智恵子は一度菊麿くんから彼らを引き離した。
     同時に自身はセーラー服をひるがえし、ステージから下へと飛び降りる。
     菊麿くんは彼女を追いかけようとして――立ち止まり、不意に全身に力を入れた。
     次の瞬間、彼の体は倍近く、全長3メートルにまで膨れあがったではないか。
    「巨大化した……?」
     その時智恵子は見た。菊麿くんの全身に、怨霊のようなオーラが渦巻いているのを。
    「き、気をつけろ……!」
     会長が小屋の方から、弱々しく叫ぶ。
    「そいつは、菊麿くんは君を狙っている! 逃げるんだ!」
    「私を?」
     智恵子は驚いたが、ある程度の予測はついていた。
     その間にも、巨大化した菊麿くんは拳を振り上げてくる。
     観客が近い。智恵子は再び菊人形を使ってその攻撃を防がざるを得なかった。
     幸いにも、使役する菊人形たちの数を増やすことで、パンチに対抗することはできた。
    「皆さん、退避してください!」
     後ろの客たちに叫ぶと、彼らも事情を飲み込んだか、ざわめきながら避難を始める。
     これで他人を気遣わずに済む。智恵子は少し落ち着いて、菊麿くんに尋ねた。
    「どうして私を狙うんです?」
    『二本松市ノますこっとノ座ハ俺ノモノダ……オ前ニハ渡サン!』
    「……ああ、やっぱり」
     息を一つ吐く。予測が当たっていたのだ。
     なお、東北では、時折『ゲート』から漏れ出た悪霊などが、器物に取り憑いて悪さを働かせることがある。
     今回の場合は菊麿くんの着ぐるみに悪霊が取り憑いて魔物と化し、先ほどの会長の言葉に刺激を受け、さらに凶暴化したのだろう。
    (さて、どうしたものでしょうか)
     智恵子は悩んだ。
     このままこの怪物と戦うのは、自分の本分ではない気がする。だが、このままだと身が危ういのも確かだ。
     やはり戦うしかないだろう。
     だが、その場合菊人形たちにも危険が――
     ちらり、と彼らを見た。今や百を超える数の人形たちは、一斉にうなずく。もちろん、操ったわけではない。
     智恵子は覚悟を決めると、未だ倒れ伏している会長に声をかけた。
    「この菊麿くんを鎮めたら、特別報酬をお願いします」
    「え!?」
    「彼を暴れさせたのはそちらの不祥事です。当然でしょう……それともこれ、放っておきますか?」
    「わ、わかった、報酬は払う!」
     会長の叫び声と同時に、智恵子は人形を操った。数十体がまとめて、菊麿くんの体に取り憑き、動きを制しようとする。
     残りは小さな刀を抜くと、一斉に突撃を開始した。
     そして、
    『グワアアアアアア!』
     その全てが弾き飛ばされた。
     菊麿くんの怪力は、人形の攻撃などものともしなかったのだ。
     それでも智恵子は冷静に、菊人形たちの体勢を片手で立て直すと、もう片手を宙に向かって突き出す。
    「全員来て!」
     その声に応じたかのように、虚空からさらに追加の人形が現れた。
     その数、数十――では利かない。
     優に数百を超える人形が、ある者は宙に浮かび、ある者は地に立ち、智恵子を守るようにはだかった。
    「なっ……千体近くはいるぞ?」
     大雑把に数を数え上げ、会長は驚愕した。
     この少女は、一体どれだけの人形を持ち、同時に操りうるのだろうか。
     だが、そんな彼の驚きを知る由もなく、智恵子は素早く両手を動かすと、
    「フォーメーションG!」
     その叫び声に応じて、人形たちは飛び上がり、宙に浮いて静止した。
     中央に大量の人形が密集し、そこから下と横に二本ずつ、棒状に突出した陣形を組む。
     上にもこぶのような陣形が出来て、その姿はさながら巨大な人間だった。
     大きさは、菊麿くんに匹敵する。
    「おお!?」
     どよめき声が上がった。
     後ろの方でまだ逃げずに状況を見守っていた観客数名が、菊人形たちと菊麿くんの対峙に感動したのである。
     それは巨人対巨人の構図だった。
    「行って!」
     智恵子は叫ぶと、巨人と化した千以上の人形を、菊麿くんに立ち向かわせた。
     この陣形を組ませたのは、伊達でも酔狂でもない。密集した人形たちは魔力で結合され、その形を保つことができるのだ。
     つまり、本当に巨人が一体できあがったことになる。力も人形たちの魔力の相互干渉により、数千馬力を誇っていた。
     そんな巨人の拳が、菊麿くんを打つ
    『グガオ!?』。
     さすがに効果があったのか、菊麿くんは体勢を崩した。
     だが、倒れる寸前に足払いを巨人に放った。
     巨人は間一髪跳躍、そのまま回し蹴りで菊麿くんの顔面を狙う。
     菊麿くんは寸ででそれを受け止めると、巨人を力強く放り投げた。
    「いいぞ!」
    「やれー、戦え!」
    「どっちも頑張れ!」
     居残った観客の方から野次が飛んでくる。
    「他人事だと思って」と智恵子は辟易した。
     あるいは、彼らはまだこれをショーの一部と思っているのかもしれない。
     どちらにしろ、この時の智恵子は少しばかり観客に気を取られすぎていたと言える。
     菊麿くんが人形たちをはねのけ、こちらに近づく隙を与えてしまったのだから。
    「……え」
     しまった、とうめく前に、何とか巨人を操り、菊麿くんの動きを止めようとする。
     だが、菊麿くんはそれをはねのけると、一気に智恵子へと距離を詰めた。
     大きな両手で、彼女の体を思い切り掴む。
    「ぐぅ……?」
     呼吸が苦しくなり、集中力が解け、その余波で菊人形たちは陣形を乱す。
     巨人の姿が崩壊しかかるのが見えた。
     菊麿はなおも智恵子の体を、締め付けてくる。酸素の供給が、さらに少なくなった。
    『死ネェ!』
    「この……!」
     智恵子は残る気力で、崩壊しかかった巨人の姿を維持させると、菊麿の体を何とか羽交い締めにした。
     獲物に意識を向けていた菊麿くんは、迂闊にもその拘束を許してしまい、手から智恵子をこぼしてしまう。
     落ちた智恵子は、そのまま地を転がって安全な場所まで退避し、咳き込んでから空気を存分に吸った。
    「大丈夫か!?」
    「ええ、何とか……」
     体を引きずり近寄ってくる会長にうなずくと、改めて巨人と菊麿くんの方を見る。
     両者は力を拮抗させていたが、姿が不完全なぶん巨人の方が不利だ。智恵子は急ぎ、再度陣形を組ませようとする。
     そのまま、次の策を考えた。
    (危険な賭けですが、もう一度私自身を囮にして隙を作り、菊人形たちに攻撃を……)
     その時だった。
     糸から、拒絶の意志が流れ込んできたのは。
    「え……?」
     見れば菊人形たちは勝手に陣形を解除し、巨人の姿を崩壊させている。
     命令違反だ。しかし、これは智恵子に対する反逆ではなかった。
     菊人形たちはその小さな刀を、すべて菊麿くんの体に突き刺し、取り憑くようにして群がったのである。
    『シャラクサイ……!』
     菊麿くんにすればそれは大したダメージでもないらしく、彼らを引きずり智恵子の方に近づこうとした。
     まずは、人形を操るマスターを狙おうと考えたのだろう。
     菊人形たちがそうはさせなかった。
     彼らの思惑は糸を通して智恵子に流れ込んできた。
    「……『これより、特殊行動に移る』? ちょっと、待ちなさい!」
     智恵子の声に、会長がきょとんと尋ねる。
    「何だね、その特殊行動とは」
    「……自爆です」
    「え?」
    「あの子たち、自分の体を爆発させて、菊麿くんを止めるつもりなんです!」
     その言葉の内容にもだが、智恵子の声質に会長は驚いた。今までに聞いたことがないほど大きく、焦燥の色がにじみ出ている。
     その間にも彼女は額に汗を浮かべ、両手をせわしなく動かしていた。どうにかして、人形の動きを止めようとしているらしい。
     だが、菊人形たちはただの操り人形ではない。意志のあるリビングドールなのだ。
     それは自我や感情を持つがゆえに、時に融通が利かないのが欠点で――
    「やめなさい、あなたたち! これは命令よ……お願い、やめてぇ!」
     少女は目をつぶると拳を胸元に握りしめ、ついには悲痛な声を上げた。
     愛する者を失いたくない、その一心からくる叫びを。
     この時、会長の目には菊人形たちが笑っているように見えた。
     それは主君を守るという誇りに満ちた、武人たちの笑みである。
     ――彼らは、死を恐れていないのか!
     智恵子と菊人形たちの間に、確かな絆があることを確信し、彼は背筋を震わせた。
     次の瞬間、人形たちの全身を熱く大きな白光が包んでいく。
     そして――
    『グオ? グワアアアアアアア!』
     異変に気づいた菊麿くんが、彼らを振り払おうとした時には遅く、菊人形たちはその全身を爆発させ、光の中に散っていった。


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