Facebookを見ていると、ちょっと気になるのが「シェアさせてください」「どうぞどうぞ」のやりとり。
「シェア」とは、誰かがアップしたニュースサイトなどのメディア記事、もしくは誰かの投稿に「賛同するか、または懐疑的か」で自分の投稿にシェアして反映させることなのですが...。
そのシェアされた投稿には必ず、投稿者の気持ちに賛同した人たちの「情報ありがとうございます! シェアさせてください」「私も常々疑問に思っていたことです! シェアさせてください」「シェアさせていただきます!」「シェアさせて...(以下同)」というコメントがぶらさがりがち。
「シェアさせていただきます」が勢いあまって「ショアさせてください」「シャアさせてください」となっている人もいて、時々心和ませてくれるのですが...。これ、見ていて結構ウザくないですか?
もともとは、誰の投稿?
そもそも、メディア記事や誰かの投稿をシェアしただけで、まるで自分がその記事を書いたかのようにドヤ顔しているシェア投稿者の様は...いうならば「人のふんどしで相撲をとっている」ようにも見えます。この場合、褒め称えるべきなのはシェアした人ではなく元の情報発信者の方では? とも思うわけです。
それなのに「どうぞどうぞ。どんどんシェアしてください」と、やや鼻の穴を膨らませ気味のコメント返しをしている人も多くて、ちょっとイラッとします。
もっと言うならば「情報ありがとうございます...と礼をいう相手が違うぞ」とも思うわけです。その人はただパスをしただけで、良い球を投げたのは違う人だぞ。私はそう叫びたい。
そもそも、「シェアさせてください」と断りを入れることや「シェアさせていただきます」とキリッと表明するのも、なんだかちょっとだけズレているような気がするんですよね。
NOシェアさせていただきます運動
SNSのコミュニケーションは基本的には非対称なので、「何もいわないことが礼儀」であっても良いと思うのです。つまり賛同したければ「男は黙ってシェアを押す」これでいいのではないでしょうか。
「シェアさせてください」というワンクッションコメントって、律儀な日本人だけがやっていることなのかもしれませんね。
でも、なかには「自分がシェアした投稿を、勝手にシェアされた」とぷんすかする人もいますからね。だからきっと「シェアさせてください」と断りを入れるようになったのだな。
この際、みんなで「NOシェアさせていただきます運動」を展開しませんか?
大人ですもの。シェアされて困る内容を無防備にアップしているわけがないので、無断でシェアされたからといって腹を立てられる筋合いもないし、もしもぷんすかされたらその人の成熟度が低いことがわかるだけです。
せめて、自分だけは「勝手にシェアされたから」といってぷんすかしないよう、注意したいものですね。